妊孕性温存とは?がん治療の前に卵子・精子を残す方法と時期

小さなベビーシューズを包む両手とエコー写真。がん治療の前に卵子・精子を残す妊孕性温存の方法と時期を説明する記事

妊孕性温存は、がん治療の前に精子・卵子・受精卵・卵巣組織を凍結して、将来子どもをもつ可能性を残す医療で、相談は診断直後がいちばん選択肢が多い時期です。

妊孕性温存とは何ですか?

がん治療で失われるおそれのある「妊娠するための力」を、治療の前に残しておく医療のことです。

妊孕性(にんようせい)とは、妊娠するための力のことです。女性では卵巣や子宮、男性では精巣が大きく関わります。妊孕性温存とは、がん治療によってこの力が弱まる、または失われる前に、精子・卵子・受精卵(胚)・卵巣組織を凍結保存したり、生殖機能を残す治療法を選んだりすることを指します。

国立がん研究センターのがん情報サービスは、生殖に直接関わらない臓器のがんでも、治療によって妊孕性が下がることがあると説明しています(がん情報サービス「妊孕性」2023年)。凍結したものを治療後に使って妊娠を目指す段階は、生殖補助医療と呼ばれます。

日本の診療の基準になるのは、日本癌治療学会の「小児・AYA世代がん患者等の妊孕性温存に関する診療ガイドライン」です。最新版は2024年12月改訂の第2版で、2017年版から改訂されました(Minds ガイドラインライブラリ 2025年)。AYA世代とは、思春期・若年成人(Adolescent and Young Adult)のことです。

がん治療は、がんの種類と進み具合で手術・放射線・薬の組み合わせが決まります。全体像はがんの治療法の種類でまとめています。

どんながん治療で妊孕性が下がりますか?

手術・放射線治療・薬物療法のいずれでも下がることがあり、影響の大きさは治療の種類・量・部位と年齢で変わります。

がん情報サービスは、治療ごとの影響を次のように整理しています(女性向け・男性向け、いずれも2023年)。

手術による影響

両側の卵巣や子宮を摘出すると、妊娠はできなくなります。片側の卵巣だけの摘出なら、残った卵巣が働くため妊孕性は保たれます。男性も同じで、片側の精巣摘出なら残る精巣が精子を作ります。骨盤内の手術で神経が傷つくと、射精に影響が出ることがあります。

放射線治療による影響

卵巣に放射線が当たると卵子の数が減り、線量が多いほど影響は大きくなります。子宮頸部への照射では妊娠できなくなります。男性では腹部・骨盤部への照射で精巣が傷つき、精子が減ったり無精子症になったりすることがあります。照射の範囲と回数の考え方は放射線治療とはで説明しています。

薬物療法による影響

細胞障害性抗がん薬は、女性では無月経を、男性では無精子症を起こすことがあります。なかでもアルキル化剤や白金製剤は影響が強く、回復が難しくなることがあります。新しい分子標的薬は、妊孕性への影響について十分なデータがありません。薬の分類は抗がん剤治療とはで確認できます。

乳がんのホルモン療法のように、治療が年単位で続くこと自体が問題になる場合もあります。治療を終えるころには年齢が上がり、卵巣の予備能が下がっているためです。治療期間と副作用はホルモン療法の副作用で扱っています。

リスク分類は「薬の総量」で見る

2024年版のガイドラインは、化学療法と放射線治療の性腺毒性を「低・中・高」の3段階に分けています。アルキル化剤は、シクロホスファミドに換算した総投与量(CED)で区分します。成人女性では、CEDが4,000mg/㎡未満で低、4,000〜8,000mg/㎡で中、8,000mg/㎡超で高とされています(日本癌治療学会 2024年版 リスク分類表)。

同じ表には、乳がんのタモキシフェンやPARP阻害薬、免疫チェックポイント阻害薬なども「長期の治療で卵巣機能の低下が想定される例」として載っています。自分の治療がどの区分かは、薬の名前と予定の回数がわかれば主治医に確かめられます。

妊孕性温存にはどんな方法がありますか?

男性は精子凍結、女性は受精卵・卵子・卵巣組織の凍結が中心で、年齢・パートナーの有無・治療までの時間で選びます。

主な方法は次の表のとおりです。凍結以外に、卵巣を照射範囲の外へ移す手術(卵巣位置移動)や、卵巣・子宮を残す手術を選ぶ方法もあります。

方法 主な対象 処置の内容 注意点
精子凍結 思春期以降の男性 精液を採取して凍結する 確立された方法。治療開始前の採取が望ましい
精巣内精子採取による精子凍結 精液から精子が得られない男性 精巣から精子を取り出して凍結する 実施できる施設が限られる
胚(受精卵)凍結 パートナーがいる女性 排卵誘発のあと採卵し、体外受精させて凍結する 採卵までに日数がかかり、治療開始が遅れることがある
未受精卵子凍結 パートナーがいない女性 採卵した卵子を受精させずに凍結する 採卵時の年齢が低く、卵子の数が多いほど妊娠率が高い傾向
卵巣組織凍結 思春期前の女児、治療を急ぐ女性 全身麻酔下の腹腔鏡で卵巣の一部を取り、凍結する 排卵誘発が不要。白血病などではがん細胞の混入が問題になる

出典:国立がん研究センター がん情報サービス「妊孕性 女性患者とその関係者の方へ」「妊孕性 男性患者とその関係者の方へ」(2023年)をもとに作成

薬で卵巣を守る方法は、凍結の代わりにならない

GnRHアゴニストという注射で卵巣の働きを一時的に止め、抗がん剤から卵巣を守ろうとする方法があります。米国臨床腫瘍学会(ASCO)の2025年の指針は、これを確立した温存法の代わりに使うべきではないとしています。乳がんの女性には、補助的な方法として提案してよいという位置づけです(Su HI ほか J Clin Oncol 2025)。

卵巣組織凍結の位置づけは、資料によって違います

がん情報サービス(2023年)は、卵巣組織凍結を「研究段階の治療」と説明しています。凍結組織からの出生報告がまだ少ないためです。一方、ASCOの2025年の指針は、胚・卵子と並ぶ確立した方法に数えています。受ける施設がこの方法をどう位置づけているかを、事前に確かめておくと判断しやすくなります。

妊孕性温存は、いつまでに相談すればよいですか?

がんと診断され、治療の内容が決まる前が最適です。治療が始まってからでは、選べる方法が減ります。

ASCOの2025年の指針は、生殖への影響の説明と温存の相談を、がんに対する治療の開始前に行うべきだとしています。迷っている人も含め、関心があれば生殖医療の専門医へ紹介するよう求めています(Su HI ほか 2025)。

男性は「治療前の採取」が原則

精子凍結は、治療を始める前に採取するのが望ましいとされています。ASCOの指針は、治療の開始直後や終了直後に採った精子は、遺伝子の損傷が多い可能性があると伝えるよう求めています。

女性は「採卵までの日数」を見込む

卵子や受精卵を凍結するには、排卵誘発剤で卵胞を育ててから採卵します。月経周期によっては時間がかかり、がん治療の開始が遅れる場合があります。欧州生殖医学会(ESHRE)の2020年の指針は、急ぐ場合に月経周期のどの時期からでも始める「ランダムスタート」を重要な選択肢としています(ESHRE Hum Reprod Open 2020)。

卵巣組織凍結は排卵誘発が要らず、比較的早く終わります。治療の開始前が望ましいものの、開始後の早い時期でも行えるとされています。

子どもの場合

思春期前の男児には、確立した温存法がありません。精巣組織の凍結は試験的な方法で、ASCOは臨床試験の中でのみ提供すべきとしています。思春期前の女児で確立している方法は、卵巣組織凍結だけです。がん情報サービスは、患者が子どもの場合、親の同意に加えて本人の同意も必要だとしています。

治療後に行う道もある

ASCOの指針は、治療前に温存できなかった人や、凍結した数が足りなかった人に、治療後の温存を提案してよいとしています。女性では治療後に「二度目の機会」がありうるという考え方です。ただし卵巣の働きがどこまで残るかは人によって大きく違います。

卵子や受精卵を凍結しておけば、将来妊娠できますか?

妊娠や出産が保証されるわけではありません。凍結は「可能性を残す」方法です。

がんや造血幹細胞移植のために温存した女性を対象に、出生率を統合した系統的レビュー・メタアナリシスがあります(Fraison E ほか Hum Reprod 2023)。生児出生率は、胚凍結で41%(95%信頼区間34〜48)、卵子凍結で32%(同26〜39)でした。卵巣組織凍結のあとに体外受精をした場合は21%(同15〜26)、組織移植後の自然妊娠では33%(同25〜42)でした。

著者らは、研究ごとの条件の違いが大きく、3つの方法を直接比べることはできないと述べています。含まれた研究の多くは参加者が少なく、ランダム化比較試験はありません。

32%

凍結した卵子を実際に使った女性のうち、出産に至った割合。
分母は「凍結した人」ではなく「戻って使った人」です。

出典:Fraison E ほか Hum Reprod 2023;38(3):489-502

この出生率に入っていない人たち

同じ論文では、受精卵を凍結した1,779人のうち使いに戻ったのは160人、卵子を凍結した3,851人のうち178人でした。使わなかった人が、自然に妊娠したのか、がんの経過で使えなかったのか、子どもを望まなくなったのかは、ほとんど追えていません。著者らも、戻らなかった人の情報が決定的に不足していると認めています。数字は「凍結すれば3人に1人」という意味には読めません。

がん情報サービスも、凍結した卵子や受精卵を使う生殖補助医療は、将来の妊娠や出産を保証するものではないとしています。採卵したときの年齢が低いほど、採れた卵子の数が多いほど、妊娠率は高くなる傾向があります。

妊孕性温存の費用と国の制度はどうなっていますか?

温存の処置と凍結の保管は保険適用外ですが、国の「研究促進事業」で都道府県から費用の一部が助成されます。

がん情報サービスは、妊孕性温存療法、凍結保管、がん治療後の生殖補助医療は保険がきかず、全額自己負担になると説明しています(2023年)。その負担を補うのが、厚生労働省の「小児・AYA世代のがん患者等の妊孕性温存療法研究促進事業」です。令和3年度(2021年度)に始まりました(厚生労働省 2021年)。

「助成」ではなく「研究促進」という名前の理由

この事業は、名前のとおり研究を進めるための仕組みです。厚生労働省は、未受精卵子凍結や卵巣組織凍結は有効性のエビデンスをさらに集める必要があるとしました。そこで、費用を助成する代わりに、患者から臨床情報を集めてエビデンスを作ることを目的に据えています。

そのため、実施要綱は、事業に基づく研究へ臨床情報を提供することへの同意を対象者の要件にしています(実施要綱 令和8年4月7日一部改正)。集められたデータは、日本がん・生殖医療学会の登録システム(JOFR)に登録されます。新JOFRは2021年秋に始まりました(日本がん・生殖医療学会)。

  • 年齢:凍結保存の時点で43歳未満
  • 対象の治療:ガイドラインのリスク分類に載る治療、長期の治療で卵巣予備能の低下が想定されるがんの治療など
  • 医療機関:都道府県が指定した施設で受ける
  • 同意:研究への臨床情報の提供に同意する
  • 申請先:住んでいる都道府県

助成の上限額は方法ごとに決まっており、都道府県によって異なる場合があります。

妊孕性温存は、どこに相談すればよいですか?

まず主治医に相談し、生殖医療の専門医(産婦人科医・泌尿器科医)を紹介してもらいます。

がん情報サービスは、主治医に相談しにくいときは、がん相談支援センターを使えるとしています。妊娠・出産に関する相談窓口として、聖路加国際病院の「妊娠とがんホットライン」も紹介されています。パートナーや家族と一緒に話し合うことも勧められています。

主治医に確かめておくとよいのは、次のような点です。

  • 予定している治療は、妊孕性にどのくらい影響しますか
  • 温存のために、治療開始を何日待てますか
  • 治療中と治療後に、避妊が必要な期間はどれくらいですか
  • 連携している生殖医療の施設はどこですか

がん情報サービスは、治療中は避妊が必要で、薬によっては治療後も一定期間の避妊が勧められるとしています。期間は薬ごとに違うため、担当の医師に確認します。

新見正則医院院長 新見正則

監修

新見正則(にいみ まさのり)

新見正則医院院長。1985年慶應義塾大学医学部卒業。1998年、英国オックスフォード大学にて移植免疫学の医学博士(Doctor of Philosophy)取得。2020年まで帝京大学医学部博士課程指導教授(外科学、移植免疫学、東洋医学)。2013年イグノーベル医学賞受賞(脳と免疫)。外科医、免疫学者、漢方医として臨床と研究の両方に携わる。

日本外科学会 外科専門医・指導医/日本消化器外科学会 消化器外科指導医/日本東洋医学会 漢方専門医/アメリカ外科学会フェロー(FACS)

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よくある質問

Q妊孕性温存は何歳までできますか?

国の研究促進事業の対象は、凍結保存の時点で43歳未満です。医学的な目安は方法で異なり、日本がん・生殖医療学会のサイトは卵巣組織凍結の適応を40歳未満とする見解を紹介しています。年齢が上がるほど凍結卵子での妊娠率は下がるため、早めの相談が大切です。

Q妊孕性温存でがん治療は遅れますか?

卵子や受精卵の凍結は、排卵誘発から採卵までに日数がかかり、治療開始が遅れる場合があります。精子凍結や卵巣組織凍結は比較的早く終わります。どこまで待てるかはがんの状態で決まるため、主治医と生殖医療の専門医の両方に確認します。

Q妊孕性温存に保険は使えますか?

がん情報サービスは、妊孕性温存療法と凍結保管は保険適用外で全額自己負担と説明しています。代わりに、厚生労働省の研究促進事業により、住んでいる都道府県から費用の一部が助成されます。所得制限はありません。

Q卵子凍結と受精卵凍結はどちらがいいですか?

パートナーがいれば受精卵、いなければ卵子の凍結を検討するのが基本です。メタアナリシスでは出生率が受精卵41%、卵子32%でしたが、著者らは研究の条件が違いすぎて方法同士は比べられないとしています。

Q子どものがんでも妊孕性温存はできますか?

思春期以降なら大人と同じ方法を検討できます。思春期前の女児で確立しているのは卵巣組織凍結だけで、思春期前の男児には確立した方法がありません。子どもの場合は、親の同意に加えて本人の同意も必要です。

参考文献

  1. 国立がん研究センター がん情報サービス「妊孕性(にんようせい)」(2023年7月21日更新)
    https://ganjoho.jp/public/support/fertility/index.html
  2. 国立がん研究センター がん情報サービス「妊孕性 女性患者とその関係者の方へ」(2023年10月26日更新)
    https://ganjoho.jp/public/support/fertility/fertility_03.html
  3. 国立がん研究センター がん情報サービス「妊孕性 男性患者とその関係者の方へ」(2023年10月26日更新)
    https://ganjoho.jp/public/support/fertility/fertility_02.html
  4. 日本癌治療学会編「小児・AYA世代がん患者等の妊孕性温存に関する診療ガイドライン 2024年12月改訂 第2版」金原出版(Minds掲載情報)
    https://minds.jcqhc.or.jp/summary/c00875/
  5. 日本癌治療学会 2024年版ガイドライン「化学療法及び放射線治療による性腺毒性のリスク分類表」(茨城県掲載資料)
    https://www.pref.ibaraki.jp/hokenfukushi/yobo/sogo/yobo/cancergrop/documents/jsco2024.pdf
  6. 厚生労働省「小児・AYA世代のがん患者等の妊孕性温存療法研究促進事業」
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/gan/gan_byoin_00010.html
  7. 厚生労働省「小児・AYA世代のがん患者等の妊孕性温存療法研究促進事業について」(2021年3月3日)
    https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/000747587.pdf
  8. 厚生労働省「小児・AYA世代のがん患者等の妊孕性温存療法研究促進事業実施要綱」(2026年4月7日一部改正)
    https://www.mhlw.go.jp/content/001710465.pdf
  9. Su HI, et al. Fertility Preservation in People With Cancer: ASCO Guideline Update. J Clin Oncol. 2025;43(12):1488-1515.
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40106739/
  10. Fraison E, et al. Live birth rate after female fertility preservation for cancer or haematopoietic stem cell transplantation: a systematic review and meta-analysis. Hum Reprod. 2023;38(3):489-502.
    https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9977128/
  11. ESHRE Guideline Group on Ovarian Stimulation. ESHRE guideline: ovarian stimulation for IVF/ICSI. Hum Reprod Open. 2020;2020(2):hoaa009.
    https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7203749/
  12. 日本がん・生殖医療学会「日本がん・生殖医療登録システム(JOFR)について」/「妊孕性温存方法」
    https://j-sfp.org/about/registry.html
    https://j-sfp.org/fertility/female/method/

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