【がん治療三部作②】がんの標準治療は「並」! それで十分!

「標準治療は最良の治療だ」というご意見に対する私のアンチテーゼです。このブログは、私の「外科医 x 免疫学者 x 漢方医」 としての経験から記載されています。事実誤認がある場合にはご連絡をお願いします。修正させて頂きます。また、反対のご意見などがあれば、どのプラットフォームでも結構ですので、ライブ対談をいつでもお引き受けします。ご連絡ください。

がんを患ったのですね。まず標準治療を考慮しましょう。

「標準治療」という言葉が使われています。その定義は実はいろいろですが、がん情報サービスのHPには以下の記載があります。

標準治療とは、科学的根拠(エビデンス:あるテーマに関する試験や調査などの研究結果から導かれた、科学的な裏付け)に基づいた観点で、現在利用できる「最良の治療」であることが示され、多くの患者に行われることが推奨される治療のことをいいます。

がん情報サービスは信頼できるHPです。是非、参考にしてください。

さて、ここで「多くの患者に行われることが推奨される治療のことをいいます。」となっています。ですから、標準治療はまず治療の選択肢として考慮されるべきものなのです。

【私のお話】

私が医師になった40年前には標準治療という文言はありませんでした。ガイドラインもありませんでした。固形がん治療の王道は外科治療で、ほとんどすべての外科医が、抗がん剤や放射線治療は、がん治療にはほぼほぼ無効と思っている時代でした。そして、がんは「ゼロ or 100」の世界だと思っていました。つまり、がんを綺麗に取り切れれば外科医の勝ち、少しでも残れば外科の敗北というイメージです。ですから、大きな手術と徹底的なリンパ節郭清が行われていました。駆け出しの外科医だった私は、「手術中に小さながん細胞が血液の中に入る、または手術部位からこぼれ落ちることはないのかな?」と素直に思っていたことがあります。しかし、抗がん剤や放射線治療に期待がまったく持てない当時、綺麗にがんを取り切ることが外科医の使命でした。

そこに乳腺外科医のフィッシャー(1918〜2019)という人が登場します。彼は「乳がんは全身病である」と唱えました。乳がんが顕在化すると、すでに転移しているか、そもそも転移しないかだと言うのです。この理論は、当時の私たち外科医にとっては到底受け入れがたいものでした。フィッシャーの理論が正しければ、当時行われていた大きな手術(大胸筋、小胸筋、乳房、乳頭切除そして広汎なリンパ節郭清)は必要性がないと言うことになります。

私を含めて当時の外科医がまったく納得出来ないフィッシャーの理論は、1970年代に複数のランダム化された臨床試験で証明されていきました。大きな手術も小さな手術も予後には関係しないという結果です。しかし、本邦では私が外科医になった1985年当時でも、昔ながらの大きな手術が行われていました。ある意味、標準治療がないことによる悲惨な結果のひとつです。そして、こんなパラダイムシフトもランダム化試験があるからこそ証明されたのです。

標準治療は「経済毒性」を考慮して、「今ある」最良のがん治療です。

標準治療は科学的根拠に基づいて作られます。科学的根拠(エビデンス)でトップにあるものは1000例規模のランダム化された大規模臨床試験です。1000人の患者さんをクジ引きで治療(薬剤)を選択する群と、治療(薬剤)を使用しない群を決めて、そして結果を比べる試験です。エビデンスに基づくガイドラインをEvidence Based Guidelineといいます。

肺がん、大腸がん、胃がん、乳がん、前立腺がん、膵臓がん、子宮がん、肝臓がんなどの罹患者数が多い疾患で、かつ最初の治療(1次治療)では、1000例規模のランダム化された大規模臨床試験を行いやすいですが、患者数が少ない希少がんや、再発例など(3次治療、4次治療以降)などでは、1000人の患者さんを集めることは難しくなります。この場合は極めて症例数が少ないランダム化試験を基にするか、または経験者の知恵を集めるガイドライン(Consensus Guideline)に頼らざるを得ません。

がん情報サービスの記載で抜け落ちているのが「経済毒性」へのコメントです。実は標準治療に記載されている治療は、本邦ではほぼすべて保険診療です。つまり、経済毒性が少ないのです。

ですから、経済毒性を厭わない(保険適用に囚われない)患者さんには実はもっと良い治療が存在することになります。1000例規模のランダム化された大規模臨床試験を勝ち抜いた治療でも保険適用になるまでの時間差があります。また、海外では臨床で広く使用されている薬剤や治療方法でも日本ではまだ保険適用になっていないものもあります。

つまり、本邦で「経済毒性」を考慮した上で、「今ある」最良の治療が標準治療です。まず、がん治療の選択肢の最初に標準治療を考慮してください。標準治療は最善の治療です。

【私のお話】

外国で使用されている薬剤が日本では使用できないという問題は、私がオックスフォード大学の留学(1993年〜1998年)から帰国して、大学病院で外科の手術に参加する時にはすでに始まっていました。HER2陽性タイプの乳がんでは当然に使用されるハーセプチン(トラスツズマブ)は、1998年にはアメリカのFDAで認可されました。世界初のヒト化モノクロナール抗体治療薬でした。日本での2001年4月に承認されていますが、3年アメリカよりも遅れています。

腹腔鏡手術は1990年代に始まりました。私と慶應義塾大学外科の同期である宇山一朗先生は腹腔鏡手術の先駆者で、そしてロボット支援手術の指導者になりました。王貞治さんの胃がんの手術を行って一躍有名になりました。そんな腹腔鏡手術やロボット支援手術は実は相当遅れて保険適用されています。保険適用の治療が最良とは限りません。

標準治療はガイドラインと同じ?

標準治療とガイドラインはほぼ同じです。ガイドラインはがん情報サービスのHPによると、

診療ガイドラインとは、エビデンスなどに基づいて、最良と考えられる検査や治療法などを提示する文書のことです。

となっています。がん情報サービスによれば、標準治療とガイドラインはほぼ同じになります。いろいろながんに対するガイドラインは患者さんでも読むことができます。ネットでオープンになっているものもあれば、書籍として購入できるものもあります。そして患者さん向けのガイドラインが用意されているものもあります。

説明する医師によっては、標準治療は9割近い患者さんに当てはまる治療、そしてガイドラインは7割前後の方に当てはまる治療としています。

ガイドラインは書籍として誰でも見ることができます。司法には適さないとコメントされていることが多いですが、実際に法廷でガイドラインが利用されている件数は年々増加しています。ガイドラインに沿わないことを行って不幸な結果になった時には医療サイドはちょっと(相当)不利になります。

【私のお話】

私は難病に指定されているベーチェット病のガイドライン作成に携わりました。ベーチェット病は稀な疾患にて、1000例規模のランダム化された大規模臨床試験はありません。ですから、経験者の知恵を集めたConsensus Guidelineにならざるを得ません。世界の論文を読み込み、日本での症例を紐解き、経験者としての意見を加えて、創り上げるものです。Consensus Guidelineは現状ではもっとも妥当なガイドラインですが、1000例規模のランダム化された大規模臨床試験を基に明らかな抗がんエビデンスを規準に制定されるEvidence Based Guidelineとは異なり、本当に正解かは実は不明なのです。良いと思っていること、そして経験者の過去の呪縛に頼っているのですから、乳がんの治療に大きな手術を行っていた時代と同じかもしれません。

標準治療は保険適用? 保険適用は標準治療?

「経済毒性」を考慮する上で、本邦では治療が保険適用であることは大切な点です。保険適用であれば、患者さんの費用負担は最大で3割になります。その上、高額療養費制度があるため、ザックリと暦月で最大支払い額が18万円以下になります。本邦の保険制度は世界に冠たるものですから、標準治療が保険適用であることは本邦でがん治療を行う上での経済毒性を軽減するためには必須のことです。

では、反対に保険適用ならば標準治療でしょうか? この答えは「No」です。私が医師になった当時使われていたピシバニール(溶連菌抽出物)は明らかな抗がんエビデンスがなく複数のがんに対して保険収載されました。そして、今でも保険収載は継続中です。

つまり、基本的に標準治療は保険収載されていますが、保険収載でがんの効能効果を持っている治療がすべて標準治療ではありません。

【私のお話】

漢方の専門家としての発言です。同じく三和生薬株式会社の十全大補湯には保険病名に「白血病」が載っています。他の製造メーカーの十全大補湯には「白血病」の効能効果は載っていません。すべての保険適用漢方薬は臨床試験を行わずに保険収載され、現在も保険収載からは外れていません。過去の経験知から超法規的に保険適用されたもので、ある意味既得権益です。「今後は、また今までの保険適用漢方薬にも、他の西洋薬と同じく臨床試験を課すべき」と私は思っています。

また、私はオックスフォード大学大学院(1993から1998年)から帰国して、本邦で初となる保険診療によるセカンドオピニオン外来を大学病院で始めました。そして、その後数年してボツボツと日本全国に広がり、今ではがん患者さんに必須の選択肢になっています。ところが、私の思惑に反して、未だにセカンドオピニオンは保険診療ではありません。また、診断書、人間ドック、ワクチン接種なども保険診療ではありません。「保険診療が是」とは言えますが、「自由診療がすべて悪」とは言えないのです。

突然に標準治療になるのは変!

がんの標準治療は、「経済毒性」を考慮し、そして「今ある」最良のがん治療です。言葉を換えれば、経済毒性を考慮しなければ、もっと良い治療がある可能性は否定できず、また近い将来の可能性を入れれば、必ずもっと良い治療があります。医療は進歩しているからです。

乳がん手術後の乳房再建は、以前は保険適用ではありませんでした。ですから標準治療ではなかったのです。ところが乳房再建が保険適用となった途端に標準治療になりました。これって経済毒性を考慮しない患者さんにとってはおかしくないですか?

また、BRCA陽性(遺伝性)の乳がんの患者さんに対する対側の乳房切除は保険適用になりました。ところが、まだ乳がんを発症していない患者さんの予防的乳房切除はまだ自費診療です。これも、ちょっとおかしいですね。

【私のお話】

乳房再建が保険適用になる前は、「美容的な治療を保険適用にするのはまかりならぬ!」と発言した乳がんの専門医は複数しました。ところが、乳房再建が保険適用になった途端に、「乳房再建は当然に考慮されるべき」と手のひらを返したように言い放っていました。それも「むかしから、私はそう思っていた」といったコンテクストでのお話でした。このように豹変する専門医は少なくありません。最近は昔の動画が残っているので、実は過去の発言はバレバレなのです。

本当の専門家は新しい可能性のある治療を知っている人です

今あることを勉強している医師が専門医と思っています。専門医試験などはすでに決まっていることしか通常は出題されません。一方で、本当の専門家は今あることはもちろん、将来の可能性も知っている人で、かつ今あることに疑問を持てる人、そして新しい治療を提案・開発できる人です。

免疫チェックポイント阻害剤でノーベル賞に輝いた本庶佑先生が、ご自身の講演会で何度も語っています。「オプジーボの最初の臨床試験には腫瘍内科医はまったく興味を示さなかった」と。そんな腫瘍内科医の先生方が今は手のひらを返したように、免疫チェックポイント阻害剤の有効性を謳っています。

標準治療は「並」の治療です。医療は進歩するのです。今行われている治療よりも良い治療は存在します。みんなが認めてから、そしてガイドラインに載ってから、「わたしも昔からこの治療が効果的と思っていたんです!」と語ることは簡単です。そして、残念ながら、ガイドラインは多くの専門医にとって、最小限の勉強で最新の抗がんエビデンスがある知識を得られるアンチョコにもなっています。

【私のお話】

専門医には専門家の振りをしている人も含まれています。専門医は今を起点に過去を学んでいる人と思っています。専門家は過去を十分に知って、未来を語れる人と思っています。つまり、外科の専門医、腫瘍内科の専門医、放射線科の専門医にも「なんちゃって専門医」も少なからず存在します。

私は多数の専門医を持っていました。大学の教員として働いていましたから、そんな資格がいろいろ役に立ったのです。しかし、専門家として堂々と名乗れるのは「外科医 x 免疫学者 x 漢方医」です。その3領域で大学の博士課程の指導教授を行っていました。私が持っていた他の多くの資格は実は「なんちゃって専門医」です。

標準治療が最良の訳がない! オプジーボを例にして

はじめて免疫チェックポイント阻害剤のオプジーボ(ニボルマブ)が保険適用された疾患は悪性黒色腫でした。そんな時にも、他の多くのがんにはオプジーボが効くとは思っていない専門医も少なくありませんでした。その当時から、本当に未来を観ることができる専門家が患者さんに出会っていれば、オプジーボの臨床試験への参加を勧めたり、また経済毒性を厭わない場合には、海外でのオプジーボの使用や自由診療でのオプジーボの投与なども行えたでしょう。

オプジーボは西洋医学的治療がなくなった患者さんでまず臨床試験が行われました。そして再発例に、その後2次治療に、最近では初回治療からオプジーボが保険適用で使用可能になっているがんもあります。そうであれば、「なんで私にオプジーボを最初から使ってくれなかったんだ!」と後悔の気持ちを持っている患者さんも多数存在するのです。

オプジーボの魅力は生存曲線でテイルプラトーを示す症例が存在することです。生存曲線は縦軸が生存率、横軸が経過年数(経過時間)です。多くの抗がん剤は生存率を少々アップさせても、いずれゼロに近づきます。ところがオプジーボでは生存率の低下がある年数からは認められなくなります。これをテイルプラトー(尻尾が平行)と称します。つまり、がんを克服できたことを示します。ステージ4の患者さんでもテイルプラトーを示すのです。

オプジーボでのこの現象は他の免疫チェックポイント阻害剤でも確認されています。医療は進歩するのです。標準治療が最良の治療ではないことがオプジーボの例を観ても、明快にわかります。

【私のお話】

私がオックスフォード大学大学院で免疫学を学んでいた当時(1993年〜1998年)は、T細胞を刺激する(アクセルを踏む)ためには、副刺激が必要なことがぼんやりと解り始めていた頃でした。T細胞への主刺激は、T細胞受容体とそのリガンド(相手方)です。そのリガンドがMHCという移植時の拒絶反応に強く関わる分子に乗った10個前後のアミノ酸(MHCクラスIでは)です。その主刺激だけではT細胞は活性化されず、副刺激の必要性が解明されていました。そんな研究の中で、たまたまプログラムされた細胞死(Programmed cell Death)に関わる物質として同定されたものがPD-1です。PD-1に対する抗体のひとつがオプジーボでした。PD-1とPD-L1経路はブレーキの役割で、ここをブロックするオプジーボはブレーキを外して、T細胞免疫を活性化するものでした。懐かしい思い出です。そして帰国後の自身の研究室でもPD-1とPD-L1経路をブロックするマウスの抗体の実験を行い論文にしました。その後いろいろな実験を行い、脳と音楽の論文は2013年のイグノーベル賞に輝きました。

標準治療は規準治療です

Standard Therapy を日本語訳すると標準治療になります。これが誤訳だと私は思っています。Standardを和訳すれば「標準」になりますが、標準は平均的という意味合いが強いのです。「規準」を英訳すると、これもStandardになります。規準とは、物事の規範や手本の意味です。私の理解は今、世の中で語られている「標準治療」は「規準治療」なのです。世界の、そして日本のエビデンスに沿って多くの患者さんに最適と思われるひとつの規準(規範や手本)です。患者さんはそれぞれです。そして患っているがんもいろいろです。ですから「規準治療」を患者さんも医療サイドも知って、そして患者さんの希望や個体差、がんの状態などを勘案して、そこから最適な治療を選べば良いのです。

【私のお話】

「標準治療は最良の治療だ!」と語っても、一般人にはピンときません。標準は平均の意味で「並」の治療と理解するのが通常です。そして、実際に「並」の治療です。一般人では当然に、そして多くの医師も実はそう理解していると思います。

標準治療原理主義は悪!

標準治療やガイドラインを杓子定規に厳守して、体力も気力も食欲も衰えて、当院を受診する方も少なくありません。標準治療原理主義の主治医を持つと患者さんは不幸になります。標準治療やガイドラインが「規準治療」であることを正しく認識して、そして、患者さんに合わせて応用できる医師が専門家だと思います。

臨床試験は体調の良い患者さんで、年齢も比較的高齢ではない人が選ばれます。その理由は、臨床試験を行う製薬メーカーや医療サイドには相当な費用負担が発生します。ですから、途中で臨床試験から脱落する人を減らしたいのです。そんな「生きの良い患者さん」から得られたエビデンスを、そのまま実臨床で杓子定規に利用すると不幸なことがおこります。実際にガイドラインだけを覚えて、原著(英文論文)を読まない専門医が実は少なくありません。

標準治療は規準治療ですから、それを基に目の前の患者さんに応用することが大切です。多くの患者さんでは標準治療やガイドラインが当てはまりますが、2から3割の患者さんでは標準治療が規準治療であることをしっかり意識して、標準治療を応用することが必要なのです。標準治療原理主義の主治医に当たると命を落とすリスクは増大します。

【私のお話】

乳がんに抗がん剤が有効だと思われ始めた頃、医師になって2年目の病院で、乳がんでがん性胸水がある若いご婦人にそのプロトコールに沿った抗がん剤を使用するように上級医から指示されました。そして論文をしっかり読んで、抗がん剤を投与しましたが、骨髄抑制となり、血小板が減少し、脳内出血を起こして、急逝しました。小学校に行く前のお子さんが2人ベッドサイドで、事態の深刻さを理解出来ずに佇んでいる光景を今でも忘れません。抗がん剤を使用しなければ、もっと長生きしたでしょう。そして、抗がん剤の使い方を私がもっと熟知していればこんな不幸なことにはならなかったでしょう。ガイドライン至上主義、標準治療至上主義では同様なことが起こるのです。若い頃の本当に苦い思い出です。

なぜ標準治療は保険診療としたいのか? インチキ医療/トンデモ医療を排除するためです。

では、なぜ多くの情報発信者(特に腫瘍内科医や外科医、放射線科医)は、「標準治療は保険診療だ!」と言いたいのでしょうか? それはわかりやすいからです。それは彼らの目線からするとインチキ医療/トンデモ医療を排除するために、わかりやすいメッセージだからです。

彼らのインチキ医療/トンデモ医療の定義は、概ね「明らかな抗がんエビデンスがないのに、高額な自費診療を行い、がん患者さんを苦しめている治療」といったものです。そんな詐欺まがいのインチキ医療/トンデモ医療が存在する可能性を否定しませんし、確かにそんな詐欺まがいのインチキ医療/トンデモ医療が実在しています。

しかし、その治療が本当に無効だと結論付けるのは実は相当難しいのです。彼らのターゲットになっているのは、自己免疫細胞療法とか、ANK細胞療法とか、ペプチドワクチン療法とか、樹状細胞療法、養子細胞免疫療法などと称されているものです。これらの治療は、実は1990年代から大学の研究室でも実験が重ねられ、そして臨床でも使用され、残念ながら芳しい結果は残せませんでした。いわゆる「免疫治療」と称するものは効かないというレッテルを貼られていたのです。そして、それらを今でも効くように謳っているいかがわしいクリニックが存在することも事実でしょう。

そこで登場したのが免疫チェックポイント阻害剤で、こちらはそんな免疫療法は効かないという呪縛に取り憑かれていた腫瘍内科医の心も激変させました。そして開発者のひとりである本庶佑先生は2018年のノーベル賞に輝きました。免疫チェックポイント阻害剤は免疫系のブレーキを外す薬剤です。一方で今まで効果が確認できなかった自己免疫細胞療法やANK細胞療法、ペプチドワクチン療法、樹状細胞療法、養子細胞免疫療法などの「免疫治療」は免疫のアクセルを強める試みでした。

私の免疫学者からの立場では、免疫チェックポイント阻害剤でブレーキを外した上で、いままで効果が確認できなかった「免疫療法」のどれかを併用すると、効果が得られる可能性を否定できません。

【私のお話】

スティーブ・ジョブズが2005年にスタンフォード大学の卒業式で語ったスピーチが私は大好きです。スティーブ・ジョブズは私と同じ誕生日で、4年先輩になります。彼は2003年に膵臓の希少がんである神経内分泌腫瘍と診断されました。そこで、標準治療を最初は行わずに、いろいろな治療を試し、最後は肝臓移植まで行って、2011年に亡くなりました。膵内分泌腫瘍と診断されてから8年間生きたことになります。このスティーブ・ジョブズが標準治療を最初に選ばなかったことを挙げて、「最初から標準治療を行っていれば、もっと長生きしたでかもしれない」と語る腫瘍内科医が複数います。そうかもしれません。でも標準治療を行っていれば、8年も生きることができずに、もっと早く亡くなった可能性も否定できません。

インチキ医療/トンデモ医療の糾弾者の医師達は、1例報告を並べるインチキ医療/トンデモ医療クリニックを批判しています。そうであれば、スティーブ・ジョブズの1例を挙げて、反論するのも同じ立ち位置です。人の意見を否定することは本当に難しいのです。私は、どんな治療でも本人が納得して行ったものであれば、結果はどちらでもよいものと思っています。医療サイドの仕事は、誰もが選ぶであろうほどの「冴えたがん治療」を提供することです。それができない現状では、どの治療が正解かは実は不明なのです。

がん細胞は日々数千個の芽が体中で誕生していると考えられています。その芽を摘んでいるのは免疫力です。しかし、エビデンスが明らかでない詐欺まがいのインチキ医療/トンデモ医療に属する「免疫治療」を排除するために、「免疫力」という言葉を私を含めて多くの医師やメディアは以前は忌み嫌っていました。実際に免疫力はいろいろな免疫システムの総合力なので、簡単にデジタル化できません。そこで「免疫力」という言葉で集患する施設は相当怪しいと、免疫学を専門領域のひとつとする私も思っていました。ところが、オプジーボなどの免疫チェックポイント阻害剤の登場が「免疫力」という言葉を正当なものに変えました。実際に免疫チェックポイント阻害剤の投与で、免疫のブレーキが外れ免疫力が上がるからです。そして2018年に本庶佑先生がノーベル賞を受賞し、本庶先生ご自身が講演会で「免疫力」という文言を度々使用し、NHKもその時期から「免疫力」を公然と使用しています。サイエンスは進歩し、実際に免疫力を上げる薬剤が登場した以上、「免疫力」という言葉を使っているクリニックは怪しいというストーリーには相当な無理が生じています。

インチキ医療/トンデモ医療が、特にがん領域で跋扈する最大の理由は、抗がん剤が冴えないからです。感染症に対するインチキ医療/トンデモ医療はあまり存在しません。それは抗生物質が冴えているからです。インチキ医療/トンデモ医療を糾弾することも必要ですが、なにより大切なのは「冴えたがん治療薬」の開発です。

標準治療は「並」のがん治療です。でもそれでいいではないですか?

標準治療は「経済毒性」を考慮した上で、「今ある」最良のがん治療です。経済毒性を外して、近い将来にも目を向ければ、よりよい治療は必ず存在します。しかし、それでいいではないですか。国民皆保険として施される医療ですから、「並」で十分ではないですか。

厚生労働省は「均霑化(きんてんか)」という文言を使用しています。日本中どこでも平均以上(「並」以上)のがん医療が受けられることを計画しています。しかし、それは建前です。可能なら、がんはボリュームセンター(極めてたくさんのがん治療を行っている病院)で治療すべきです。しかし、多くの場合それは適いません。日本には中途半端な中規模から大規模病院が多すぎます。がん治療病院の選び方は、私のブログも参考にして下さい。

●誰も教えてくれなかった「がん治療病院の選び方」

がんの「並」の治療が受けられることは幸せなことです。最良のがん治療を求めると、ある意味不幸になることもあると思っています。信頼できる主治医や医師としっかりご相談ください。

【私のお話】

がん治療のための最良の病院を選びたいと思う気持ちはよくわかります。そして上記のブログに書き下ろしたように、残念ながら理想の病院の項目を全て満たす病院は本邦にはありません。どこかで妥協が必要なのです。病院選びはまず地理的に近いところから選ぶことがいいと思っています。最良の病院を知って、そして今ある、今選べる病院で治療に臨むことも大切な覚悟なのです。

病院や主治医によっては、患者さんが希望する他の治療の併用(代替医療やサプリメントなど)を頭から否定することがあります。現状は多くの場合、「冴えないがん治療薬」しかありません。他の治療を頭から否定する根拠が彼らのどこにあるのか不思議でなりません。今のがん治療の限界を専門医はしっかりと知っておくべきです。そして患者さんの希望を絶つことは断じて謹んで頂きたいと思っています。

「冴えないがん治療薬」だからこそ、患者さんも患者さんのことを本気でサポートしたい主治医も、些細なことを積み重ねて、予後を改善したいのです。些細なこととはエビデンスが明らかではないことです。エビデンスが明らかでなくても、経済毒性を含めた副作用がないものは加えるべきです。また、経済毒性を含めて副作用があるものには、明らかな抗がんエビデンス(1000例規模のランダム化された大規模臨床試験など)の確認をすべきです。そんな指導を本来のがんの専門家(本当の主治医)は行うべきなのです。

また、私は患者さんには、「ご自身が希望する併用治療を頭越しに否定する病院や主治医には、敢えて黙って、希望する治療を併用すればよい」とお話しています。

日本の将来のために、「並」の治療が保険適用されていれば十分!

免疫チェックポイント阻害剤は1年間の医療費が数千万円という薬価で登場しました。また、同じく明らかな抗がんエビデンスある免疫治療であるCAR−T療法も数千万円です。

そろそろすべての医療費を社会保障費でカバーすることは限界だと私は思っています。「並」の治療で満足する姿勢が必要です。私が免疫学を学んだオックスフォード大学がある英国もNHSと称する素晴らしい国民皆保険システムがあります。しかし、NHSとは別の自費診療の医療システムも併存しています。そのNHSに多くの英国民は自負を持っています。日本もそろそろ混合診療になる用意をすべきでしょう。自費診療部分は自己責任で民間保険によってカバーする時代になる必要があると思ってます。

医療費も十分に考慮して、均霑化した「並」の医療を皆保険制度で維持することが永続的に素晴らしい医療を提供するためには必要と思っています。

【私のお話】

日本の皆保険システムは基本的に出来高制です。治療を行えば、行うほど利益になります。ですからたくさんの検査が行われることになり、また頻回の受診が促されます。一部では包括医療制度も導入されています。疾患毎に支払われる金額が決まっています。この制度では医療費は抑制可能ですが、収入が決まっていて利益を得るには、安い医薬品や医療機器を使用し、人件費を抑えると、利幅が大きくなるのです。つまり医療水準の低下になりかねません。日本の医療費はパンク寸前です。そろそろ、国民みんなの財産である医療資源を守る方策を真剣に考える時です。どんどんと高額になる医療費を国民皆保険ですべて提供するにはいずれ限界が来ます。「並」の治療で満足する心構えも必要と思っています。

抗がんエビデンスの闇

治療群と非治療群のがん治療の生存曲線を見て、遙か昔に私が最初に思ったことは、「たったこれしか差がないの?」という思いでした。5年間で10%も差があれば上出来とされます。でも、次第に、「これだけの差をだすのも大変なんだ!」という思いに変わってきました。

今までも抗がん剤は残念ながら「冴えない抗がん剤」です。統計的有意差がでれば、どんな高額な薬剤でも認可されるシステムはそろそろ限界です。コスパを考慮する必要があります。もの凄く有効な抗がん剤、つまり「冴えた抗がん剤」に社会保障費が利用されることには異論は少ないでしょう。しかし、僅かばかりの御利益(冴えない抗がん剤)のために極めて高額な医療費が国民の社会保障費から投入することは、国民の健康を俯瞰的に観たときに本当に意味あるものなのでしょうか? しかし、製薬企業も社運を賭けて、薬剤開発を行っています。実は、そこにいろいろな闇が存在することは事実です。

そしてがんの臨床試験で大切なことは、エンドポイントです。現状は腫瘍が小さくなれば(奏功すれば)、保険適用されます。実臨床では、腫瘍が小さくなっても、その後また増大することは度々経験します。大切なことは長生きです。臨床試験のエンドポイントは、奏功率ではなく、生存率であるべきです。極論すれば腫瘍が小さくならなくても(少々大きくなっても)、延命効果がある薬剤を患者さんは求めるのです。生存率をとてつもなく向上させる「冴えた抗がん剤」の登場を心から願っています。

【私のお話】

私も製薬会社が主催する講演会で発表したり、座長を行ったりして、講演料や座長料を相当頂いたことがあります。大学の研究室の奨学寄付金も頂きました。お金が入ると、自然とその製薬メーカーの薬剤を使うようになるのです。インチキ医療/トンデモ医療を糾弾している私たちですが、製薬メーカーから微妙に(上手に/適正に)お金を頂き、実はインチキ医療/トンデモ医療クリニックと似たようなことを微妙に行っていることもあるのです。真摯に反省する必要があります。医療はお金儲け第一主義ではないのですが、いつのまにか、知らず知らずのうちに、お金儲け第一主義の片棒を担いでいる(または製薬会社に担がされている)という可能性を否定できないということです。

あなたは何をしているのですか?

「標準治療は最良の治療だ!」という文言を見て、直感で違和感を覚えました。サイエンスは進歩するからです。そして進歩することを医師になってからの40年間ずっとやってきました。そこで、私の素直な意見を書き下ろしました。今の私ができることは「外科医 x 免疫学者 x 漢方医」として誰もやっていない、そしてがん患者さんのお役に立つことを行うことです。いつも誰もやっていないことに挑戦したい、そして挑戦してきた自分です。Zero to One が大好きな私です。本邦で初の大学病院での保険診療のセカンドオピニオンを始めたのは20年以上前です。それもZero to One でした。環境の変化で免疫系が変化することをいろいろなマウスの心臓移植の実験で証明してきました。音楽を用いた「脳と免疫」の論文で2013年のイグノーベル賞を頂きました。これもZero to One でした。

今は、生薬の足し算である漢方薬でお役に立ちたいと思っています。それも「新しい漢方薬で!」です。漢方薬の過去をいくら学んでも、がんと梅毒と脚気は治せていません。未来を見据えた漢方薬の開発を行いたいのです。西洋薬剤の開発は莫大な開発費が必要なため製薬会社の努力にかかっています。一方で漢方薬は生薬の足し算なので、製薬会社のお世話にあまりならなくても、私自身の努力と工夫でZero to One が行えるのです。

明らかな抗がんエビデンスがある生薬を見つければ、その効果を増強するように他の生薬を加えていけばいいのです。まず、そんな魔法のような生薬はすでにひとつは見つけています。これから、精進を続けて、標準治療に併用できる漢方薬を開発していきます。西洋医学的薬剤を使い終わっても、ステージ4でも、再発防止にも、そしてがんの予防にも効くような漢方薬の開発です。今後とも応援を宜しくお願い申し上げます。

【私のお話】

主治医から「これ以上の治療法はない」と言われて、セカンドオピニオンに行ったら、今度は「緩和治療もがん治療だ」と言われたと患者さんが相談にきました。遙か昔の私の発言のようです。そして「緩和医療を選んだ方が、抗がん剤治療を継続したよりも予後が良い」とも言われたそうです。もしそれが本当なら、緩和治療の段階になれば抗がん剤は使用しない方がよいという傍証に他なりません。患者さんが欲しているものは、自分がどんな状態でも、副作用がなくて延命効果がある抗がん剤なのです。今は、そんな薬剤(生薬)を私は手にしているので、どんな患者さんの希望にも対応することが可能です。しかし、その生薬には生存率をエンドポイントにした明らかな抗がんエビデンスがありますが、全員に有効な訳ではありません。益々の努力が必要です。

●内部リンク(当サイトで参考になる別記事)

【がん治療三部作①】誰も教えてくれなかった「がん治療病院の選び方」

【がん治療三部作③】私が描く新しい/革新的な/近未来のがん治療

新見正則医院ブログ

執筆者略歴 新見正則

新見正則医院院長。1985年慶應義塾大学医学部卒業。98年移植免疫学にて英国オックスフォード大学医学博士取得 (Doctor of Philosophy)。外科医 x サイエンティスト x 漢方医としてレアな存在で活躍中。2020年まで帝京大学医学部博士課程指導教授 (外科学、移植免疫学、東洋医学)。2013年イグノーベル医学賞受賞 (脳と免疫)。現在は、世界初の抗がんエビデンスを獲得した生薬フアイアの啓蒙普及のために自由診療のクリニックでがん、難病・難症の治療を行っている。漢方JP主宰者。

新見正則の生き方論は以下の書籍も参考にしてください。
しあわせの見つけ方 予測不能な時代を生きる愛しき娘に贈る書簡32通(新興医学出版社)
新見正則オフィシャルサイトはこちら

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