【がん治療三部作③】私が描く新しい/革新的な/近未来のがん治療

新しい/革新的な/近未来のがん治療

このブログは、私の「外科医 x 免疫学者 x 漢方医」 としての経験から記載されています。事実誤認がある場合にはご連絡をお願いします。修正させて頂きます。また、反対のご意見などがあれば、どのプラットフォームでも結構ですので、ライブ対談をいつでもお引き受けします。ご連絡ください。

はじめに

がんが画像診断で捉えられる大きさになるには、がんの勢い(攻撃力)が患者さん自身の免疫力(免疫防御システム)を凌駕する状態が続くことが必要です。

がんは遺伝子異常の集積によって生じます。または重大なひとつの遺伝子異常(ドライバー遺伝子異常)で生じます。その遺伝子異常に生来の素因や生きてきた環境などで遺伝子異常は加速します。

免疫力は加齢やストレスで低下します。がんの力と免疫力のバランスを保てればがんは発育しません。免疫力ががんの力を上まわればがんは消滅します。がんの力が免疫力を上まわれば、そしてその状態が長く続けば、悪液質となり最期を迎えます。

がんと言われたんですね。共存してください! 新しいがん治療がたくさん生まれます。

私が医師になった約40年前は、がんは不治の病でした。黒か白かの世界でした。がん治療の王道は外科医療で、放射線治療も抗がん剤も効くと思っている外科医はほとんどいませんでした。ですから、手術でがんを取り除くことが外科医としての使命と多くの外科医は思っていました。がんを取り除くために、またがんが存在する可能性がある範囲を全部取り除くために、切除範囲の大きな手術が施行されていました。

ところが、私が医師3年目出張で働いた病院の先輩(雨宮先生)はちょっと違っていました。「がんは、できるだけ短時間で主病巣をサラッととればいい。リンパ節郭清は適当で!」と言うのです。彼の手術は本当に早く、そしてリンパ節郭清はそこそこでした。そんな侵襲が少ない手術を行った患者さんの多くがその後も長生きだと言うのです。私は雨宮先生の発言の真意を当時はまったくわかっていませんでした。免疫チェックポイント阻害剤が登場してやっと解った次第です。

当時の私は、拡大手術を行える外科医になりたく食道外科を希望しました。一般・消化器外科では、肝臓と膵臓、食道の手術が昔から、そして今でも難しい手術なのです。食道外科を希望しましたが、4年目の大学病院への帰室時にクジ引きで負けて、一般外科の乳腺外科と血管外科から、後者を選択しました。その後血管を扱える外科医になって拡大手術を自分でも施行できるようになり、他のチームの手術にも何度も応援で参加しました。

私が行った拡大手術はいろいろあります。乳がんでは肋骨を一部切除して胸骨の裏のリンパ節(内胸リンパ節)郭清を行いました。胃がんでは大動脈周囲のリンパ節も郭清しました。膵臓がんでは門脈(腸の血液を肝臓に運ぶ太い血管)の合併切除も行いました。腎臓がんでは下大静脈から右心房に延びる腫瘍塞栓を取り除きました。大腿の横紋筋肉腫では浅大腿動脈を切除して人工血管で置換しました。肝臓がんの手術もたくさん行いました。がんを根こそぎ取り除くことが「是」と思っていた時代でした。

しかし、抗がん剤が進歩し、放射線療法の新しい器機も開発されると、外科だけが王道で、外科治療で全て取り除いて、その後は「お祈り」という時代はほぼ終わりました。

がんを取り除くというまったく「白」の状態と、がんが残っている「黒」の状態だけががん治療ではなく、抗がん剤や放射線療法の進歩と、そして免疫チェックポイント阻害剤の登場で、がんと共存して免疫力で対応する時代になったと思っています。

そして新しいがん治療はどんどんと生まれます。今、治療手段が限られていたとしても、がんと共存して新しいがん治療の登場を待ってください。

がんはいつも発生している。

がんの芽はある程度の年齢になると毎日数千個発生していると思われています(実は数えた人はいません)。その芽を退治しているのが免疫力です。免疫力は、以前は怪しい言葉でした。そして今でも、「免疫力」を使っていると怪しいと発言している人もいます。しかし、本庶佑先生が免疫チェックポイント阻害剤のオプジーボの開発でノーベル賞に輝いた2018年に世の中の空気は一変しました。本庶佑先生がノーベル賞の受賞記念講演などで、「免疫力」という言葉をタイトルにも、そして講演中にも何度も使用したからです。

がんと共存する鍵は「免疫力」なのです。毎日できているがんの芽を摘むことができる免疫力があれば、体内でがんは育たないのです。そして、ある程度がんができても免疫力で進行を抑えられれば、がんと共存して長く生きることができます。免疫力を上まわってがんの勢いが強ければ、がんの総量が増え、悪液質となって、最後は命を落とします。

免疫力が低下し始める年齢はザックリと50歳と私は語っています。その理由は政府が帯状疱疹のワクチン接種を50歳以上に推奨しているからです。こどもの頃に罹った水痘ウイルスが神経に潜んでおり免疫力が落ちるとその潜んでいる水痘ウイルスが増殖して帯状疱疹は発症します。そして神経の支配領域の皮膚に痛みを伴う発疹を生じます。

がんも50歳から徐々に増え始め、その後加齢とともに増加していきます。そのひとつの原因は明らかに免疫力の低下なのです。

がんが自然に消滅することもある

サラッと手術を上手に終わらせていた雨宮先生と一緒に行った胃がんの手術の患者さんには腹膜播種がありました。胃の主病巣は切除しましたが、腹膜播種は病理診断用に1個を切除して手術は終了しました。腹膜播種が多数骨盤に残っていました。その患者さんはその後元気になり、数年後に虫垂炎になりました。そして、虫垂切除時に骨盤を調べると腹膜播種はなくなっていました。がんの自然消滅です。こんなことも実際に起こるのです。

ひとはがんを背負って、共存して逝く

天寿を全うした人の病理解剖をさせて頂くと、症状を呈していないがんや、命にまったく別状がないがんが見つかることがすくなくありません。前立腺がんは90歳以上の男性では約半数に存在していると言われています。

そんな大往生後にたまたま見つかるがん、つまり悪さをまったくしないがんを「天寿がん」と称した先生もいました。とっても良い名前だと思っています。

がん検診が普及すると、そしてその精度が上がると、「天寿がん」として問題なく過ごせたものが悪性腫瘍というレッテルを貼られて治療対象になります。治療をする必要がないがんの治療を行っているという過剰医療になるのです。

本当のがん検診は、がんを見つけたあとに、将来の余命に影響するのか、まったく影響しないのかがわかることです。しかし、現在ではサイエンスがまだその域に達していません。見つかったものには治療が勧められますが、最近は敢えて治療を行わず積極的に経過をみるアクティブサーベイランスが選択されることもあります。

治療を行って長生きできる場合のみ、積極的に治療を行いましょう。

これからのがん治療方針

以前はがんを全て取り除ければ生きる可能性が残り、取り除けなければいずれがんで最期を迎えると思われていました。私が外科医になった40年前の乳がんの治療は定型的乳房切断術でした。乳首も乳房も全部取り除きます。乳房が乗っている大胸筋も切除します。リンパ節郭清も徹底的に行っていました。そして、乳がんを克服して長く存命な方が少なからず存在していました。そこにフィッシャーという外科医が登場しました。彼は「乳がんは早い時期から全身病になる可能性がある」と唱えたのです。つまり、「拡大手術は意味をなさない」と当時のドグマに対抗しました。そして拡大手術と縮小手術のランダム化比較試験が多数行われ、そのほとんどはフィッシャーが予言したように二つの群に差はありませんでした。

フィッシャーの理論はパラダイムシフトでした。外科ががん治療の王道で、拡大手術で好結果に繋がるという私を含めた多くの外科医が描いていたストーリーは論理的根拠を失いました。

しかし、免疫力で退治できないものは切除したほうがいいのです。腫瘍のボリュームが減るからです。「どれぐらいのボリュームリダクションが必要か?」が現状のサイエンスでは判然としません。キラーT細胞が処理できる腫瘍の量が未だに判然としません。

人間を構成する細胞数は数十兆個と言われていますが、実際に数えた人はいません。最大数を誇る細胞は赤血球です。1マイクロリットルに約500万個存在します。つまり血液1リットルに5兆個存在します。血液量は4から5リットルにて、人の赤血球は約20兆個です。一方でリンパ球数は1マイクロリットルに数千個です。赤血球の約1/1000になりますから、体中にリンパ球はザックリと200億個しかありません(リンパ節や脾臓にもリンパ球は存在します)。リンパ球の中にBリンパ球やTリンパ球があります。それぞれのBリンパ球やTリンパ球は無限の数に対応するBリンパ球リセプター(抗体)とTリンパ球リセプターをひとつの細胞が1種類だけを用意しています。そうすると特定の腫瘍抗原に特異的なリンパ球は体中に1個かもしれません。そんな細胞がどうやってキラーT細胞として働くのかは未だに解っていません。T細胞はクローン増殖します。約8時間で分裂増殖するそうです。しかし、それに比べると腫瘍細胞数は膨大です。ある程度の大きさの腫瘍では1兆個の腫瘍細胞で構成されるとも言われます。つまりなるべく腫瘍細胞の数を減らすこと(ボリュームリダクション)が必要なのです。キラーT細胞で対応できる数にすることが必要です。

私が描く、ザックリとしたがん治療のストーリーは以下です。

早期がん(リンパ節転移がない)では
がんを取り除く(免疫力を下げずに)
再発しないように免疫力を上げる
新しいがんができないように免疫力を上げる

進行がん(リンパ節転移がある)では
腫瘍の量を減らす(免疫力を下げずに)
残りのがんを退治する免疫力を上げる

転移があるがんでは
腫瘍の量を減らす(免疫力を下げずに)
共存するための免疫力を上げる

がんを完璧に排除するのか? 免疫力で芽を摘むのか?

リンパ節転移がない早期がんではがんを完璧に切除することがベストです。早期がんでも、フィッシャー理論が当てはまれば、肉眼的に、画像診断的では把握できない微小転移が起こっている可能性がありますが、その程度の微小がんは免疫力を上げて対処します。

リンパ節転移が明らかなとき、そして遠隔転移がないときに、どの程度のリンパ節転移郭清を行うかは大問題です。外科治療のみが王道だった数十年前は、どんながんでもリンパ節を含めてがんを取り除くことが、腫瘍外科のお作法でした。外科治療しかない時代は、それが患者さんに提供できる最大の努力だったからです。ところが、抗がん剤が進歩し、放射線治療も新しい器機が導入されました。そして免疫力を上げる免疫チェックポイント阻害剤の登場で、がん治療の概念は激変しました。免疫チェックポイント阻害剤が自分の免疫力でがんを退治することを助けるからです。免疫チェックポイント阻害剤の適切な使用で、自分に備わった免疫システムで、がんの芽を摘むことも、またある程度の大きさのがんも対処が可能になりました。

免疫システムのひとつは樹状細胞がリンパ節で抗原提示(腫瘍抗原をキラーT細胞に提示する)が行われます。従来の外科治療が行うリンパ節郭清は、実は免疫チェックポイント阻害剤の効果を弱めることが既に動物実験で判明しています。つまり、実臨床でどの程度のリンパ節郭清を行うかが実は大問題なのです。

遠隔転移があれば、リンパ節郭清は不要と思っています。大切な抗原提示の場所を残しておいた方がよいように思えます。そして、腫瘍のボリュームを減らした方が、キラーT細胞が対応しやすくなるでしょう。そこに免疫チェックポイント阻害剤で免疫力を上げることは共存のためには必須になります。免疫力の上げすぎは自己免疫疾患の人為的誘導になり、その副作用が致死的な結果に至ることもあります。適切で安全な免疫チェックポイント阻害剤の使用方法の確立が実は必要なのです。現状では成し遂げられていない免疫力を計る方法が開発されると、免疫チェックポイント阻害剤の適切な使用量・使用方法の根拠になるでしょう。

センチネルリンパ節生検

不要なリンパ節郭清を避ける努力は以前から行われています。腋窩リンパ節の郭清などを徹底的に行うと上肢のリンパ浮腫を招くからです。まず腫瘍に薬剤を注入し、センチネルリンパ節を同定します。センチネルリンパ節とは「見張りリンパ節」と言った意味で、がん細胞がリンパの流れにそって最初に到達した、腫瘍にもっとも近いリンパ節のことです。このリンパ節を切除して、顕微鏡的に転移がなければ大きなリンパ節郭清は不要という作戦です。乳がんの縮小手術の一環で行われていましたが、実は免疫システムががん細胞を認識するための装置がリンパ節ですから、不要なリンパ節郭清は免疫力の維持にとっても重大な損失なのです。

悪性黒色腫でもセンチネルリンパ節生検は行われています。悪性黒色腫ではセンチネルリンパ節に転移があっても、積極的経過観察(アクティブサーベイランス)が行われることもあります。免疫力を維持するためです。

免疫力維持のためにどこまでのリンパ節郭清なら許されるのか、またはそのリンパ節は放棄して摘出した方がいいのか、少々のがんの転移があっても残しておいた方がいいのかの答えは現状では出ていません。

がん幹細胞

従来型の抗がん剤は新陳代謝の早い細胞が優先的に障害されます。放射線治療も同様です。以前は、がんは同一種類のがん細胞がどんどんと増える(クローン増殖する)と考えられていましたが、最近は、がんはいろいろな種類のがん細胞が混在していると考えられています。新陳代謝の早いがん細胞を従来型の抗がん剤や放射線治療で無事退治できたとしても、新陳代謝の遅いがん細胞は生き残ります。そんなもののひとつが「がん幹細胞」と呼ばれています。蜂の巣で例えると多くのがんは働きバチですが、女王バチ的存在ががん幹細胞です。抗がん剤や放射線治療でがんが消滅したように見えても、がん幹細胞が残っていればまたがんが診断できる大きさになるのです。

また、腫瘍はいろいろな種類のがんが混在していますから、分子標的薬が著効して腫瘍が小さくなっても、分子標的薬のターゲットになるタンパク質を持たないがんがその後に発生します。従来型の抗がん剤でもしばらく使用すると効かなくなる(薬剤耐性になる)のは、がんが均一ではないからです。

そんな不均一ながんを退治するには免疫力が大切なのです。

免疫チェックポイント阻害剤

いろいろながん治療が登場しましたが、免疫チェックポイント阻害剤は特別です。今までの抗がん剤は、がん細胞と一緒にシャーレで培養するとがん細胞に障害を与えます。そして消滅します。ところが免疫チェックポイント阻害剤と一緒にがん細胞を培養しても死にません。免疫細胞が存在しないと免疫チェックポイント阻害剤は効果を現さないのです。免疫力をアップさせる薬だからです。

免疫力のアクセルを吹かす作戦はほぼ全て徒労に終わっていました。自己免疫細胞療法とか、ANK細胞療法とか、ペプチドワクチン療法とか、樹状細胞療法、養子細胞免疫療法などと称されているものです。どれも大規模臨床試験で有意差を持って勝ち抜けませんでした。つまり明らかな抗がんエビデンスを得られませんでした。

ところが免疫チェックポイント阻害剤は免疫システムのブレーキを外すもので、多くの臨床医の予想を覆して有効でした。免疫チェックポイント阻害剤の臨床試験には腫瘍内科医はまったく興味を示さず、またその臨床試験に登録したのは、西洋医学的治療をやり尽くした患者さんだけでした。そんな患者さんになんと免疫チェックポイント阻害剤は有効性を示したのです。そして悪性黒色腫(メラノーマ)に保険適用とされ、その後いろいろながんに適用拡大されています。西洋医学的に治療法がない患者さん用であった免疫チェックポイント阻害剤が、保険適用として遠隔転移症例や、進行がんに利用され、ついには初回治療から保険適用として利用できるようになっています。

しかし、現状では、免疫チェックポイント阻害剤はザックリ言うと1/3の患者さんにしか著効しません。1/3はちょっと有効で、1/3は無効です。しかし、その効いた人はテイルプラトーを生じます。生存率のグラフは縦軸が生存率で横軸が生存年数(時間)です。その生存率のグラフがある時期を超えると横軸と平行になるのです。それをテイルプラトー(尻尾が平行)になります。つまり、がんから開放されたことになります。治癒したことになるのです。

外科だけの治療が王道だったときも実は、胃がんや大腸がんなどは、5年を過ぎるとテイルプラトーになり、5年生き延びれば無罪放免でした。今から顧みると、自分の免疫力でがんを抑え込んでいるように思えます。免疫力があれば、免疫力を上げれば、テイルプラトーになるのです。

免疫チェックポイント阻害剤は「抗生剤」と同じイメージです。遙か昔から感染症に対する薬剤は漢方薬を含めていろいろと工夫されましたが著効するものはありませんでした。そして抗生物質が登場します。世界初の抗生物質はペニシリンです。当時不治の病と思われていた感染症を治癒させることができました。梅毒もペニシリンが特効薬です。そして次に登場したストレプトマイシンで結核が治療可能になりました。ペニシリンの登場は感染症のパラダイムシフトでした。その後、いろいろな抗生物質が登場して、感染症の多くはほぼ制圧可能になっています。免疫チェックポイント阻害剤は抗がん剤のパラダイムシフトなのです。

獲得免疫とは(T細胞とB細胞)

免疫は非自己を排除するシステムです。複数のシステムが関与しているので、絶対的な数値としては表現できません。フロントラインには自然免疫があり、自然免疫を突破されると獲得免疫が稼働します。自然免疫とはinnate immunityの訳で、生まれながらに備わっている免疫システムという意味です。獲得免疫もシステムは生まれながらに備わっていますが、そのシステムは防衛する非自己に暴露されると強化されます。そしてその非自己は記憶されます。

獲得免疫にはB細胞とT細胞が戦闘部隊として用意されています。B細胞は抗体を表面に持ち、またその抗体を分泌します。T細胞はT細胞リセプターを用意して、殺細胞効果を呈します。抗体やT細胞リセプターはあるタンパク質(抗原)に対して特異的なものでザックリ言うと無限に用意されています。抗体もT細胞リセプターもタンパク質です。人の遺伝子は有限(約2万3000)と判明しました。遺伝子はタンパク質をコードしています。すると無限の数とされるタンパク質で構成されている抗体やT細胞リセプターを有限の遺伝子では用意できません。このパラドックスは利根川進先生により解決されました。複数の遺伝子のランダム化組み替えでザックリと無限の多様性を用意し、その後に自己に反応するものを排除すること(Clonal Deletion)で、自己を攻撃せず非自己を攻撃するシステムができあがるのです。利根川進先生は1987年にノーベル賞を受賞します。

B細胞とT細胞には記憶能力があり、一度戦った細胞はその後もいつでも自分の分身(クローン)を動員できる体制で準備されるのです。その記憶のシステムの詳細はまだ解明されていません。

戦闘部隊に命令を伝えるのが樹状細胞です。樹状細胞は非自己のタンパク質をMHCの上に提示して、それをT細胞が認識します。樹状細胞の発見や解析でラルフ・スタインマン先生が2011年にノーベル賞に輝きました。私が最初の免疫学の発表をヴェニスのリド島で行ったときの座長がスタインマン先生でした。

分子標的薬(遺伝子診断)

第二次世界大戦で使用された毒ガスからヒントを得て作られたものが、最初の抗がん剤です。その後20世紀後半にいろいろな種類の殺細胞性抗がん剤が開発され、また使用量や使用方法、組合せが工夫されていきます。殺細胞性抗がん剤は免疫力に大切な白血球にも障害を与えます。がんの力を落として、免疫力を維持する投与方法がなにより大切なのです。しかし、免疫力は免疫システムの総和なので、簡単に測定ができません。現在でも免疫力の測定は容易ではありません。

21世紀になって、ある特定の分子に対して働く分子標的薬が開発されました。そんな分子を持つ腫瘍かどうかは遺伝子検査でも解明できるようになりました。ひとつひとつの遺伝子検査(コンパニオン診断)していた時代から、多数の病気の可能性がある遺伝子を検査する(パネル診断)の時代になります。将来的には各個人のフルゲノム解析(全遺伝子の把握)が行われるようになるかもしれません。

分子標的薬の開発速度は本当に速くなりました。標的分子の発見から数年で実臨床にて使用可能になる時代です。がん治療の開発速度はどんどんと速まっています。ともかく共存しましょう。

分子標的薬は標的分子を出している腫瘍には極めて効果的ですが、実は完治しません。腫瘍は均一ではないので、標的分子を出していないがん細胞が生き残るからです。腫瘍のボリュームダウンには極めて効果的です。その後に、免疫チェックポイント阻害剤で免疫力を上げて、自分の免疫システムでがんの残りや、がんの芽を退治することが大切です。

陽子線・重粒子線

これからの放射線治療は陽子線になると私は思っています。重粒子線の破壊力は素晴らしいのですが、取り扱いが少々面倒だそうです。また、設置費用が陽子線と比べて遙かに高額です。そして2016年から陽子線と重粒子線の保険適用が進んでいます。ほぼ共通の病名が保険収載されていますが陽子線を使用しても、重粒子線を使用しても同額になっています。ですから陽子線が普及すると思われます。

放射線治療は今まではほとんどがX線での治療です。一方向からX線を当てると、皮膚から奥に行くにしたがって徐々に線量(効果)が減少します。腫瘍に大線量を当てて、周囲の正常組織の被曝を避けるために、いろいろな方向からX線を当てる工夫がされてきました。最近は強度変調放射線治療(IMRT)で、複雑な腫瘍の形に合わせて線量を腫瘍に集中でき、かつ周囲への被曝が少なくなる工夫ができるようになりました。

ところが、腫瘍だけをターゲットにするのであれば、陽子線や重粒子線はX線とは異なり、皮膚からある程度の深さのみに威力を発揮できるようになっています(ブラッグピーク)。X線が火炎放射器のイメージとすると、粒子線は手榴弾を投げ入れるイメージです。ですから腫瘍だけを破壊するには粒子線が遙かに優れているのです。

陽子線の保険適用の歴史は以下です。
2016年
小児腫瘍(限局性の固形悪性腫瘍)
2018年
限局性の骨軟部腫瘍(手術による根治的な治療が困難なもの)
頭頸部悪性腫瘍(口腔・咽喉頭の扁平上皮癌を除く)
限局性及び局所進行性前立腺癌(転移を有するものを除く)
2022年
肝細胞癌(長径4cm以上)
肝内胆管癌
局所進行性膵癌
局所大腸癌(手術後の再発)

重粒子線では小児腫瘍への適用がなく、代わりに局所進行性子宮頚部腺癌が載っています。

そして腫瘍が破壊されると破壊された腫瘍にはワクチン効果があります。腫瘍抗原を樹状細胞が貪食し、抗原提示してキラーT細胞を活性化できるからです。

アブスコパル効果という不思議なことが起こることがあります。放射線療法において、放射線照射部位の腫瘍が小さくなるのは当然のことです。 ところが、まれに放射線が照射されていない遠隔転移巣が小さくなる現象が見られ、これを「アブスコパル効果」と呼んでいます。 アブスコパル効果が初めて報告されたのは1970年代後半で、現象自体は古くから知られているものです。アブスコパル効果とは、「アブ=遠く」「スコパル=狙いを定める」という意味で、局所療法であるはずの放射線治療の効果が、遠くの病巣にも効果を及ぼすという現象です。

免疫システムの理解があれば、アブスコパル効果は当然のことです。粒子線でメイン腫瘍を退治して、そして免疫チェックポイント阻害剤で免疫力を上げ益々のアブスコパル効果を期待するという治療作戦が可能になります。

内照射療法

X線や粒子線は体の外から放射線を当てます。これを外照射と称します。一方で内照射は放射線を出す線源を体内に置いてくる治療です。子宮体がんでは子宮の中に線源を留置します。前立腺がんではシャーペンの芯のような線源を100本近く前立腺がんに差し込むのです。通常の外照射とは異なり、直接に線源が体内にあるので、効果が抜群なのです。多くのがんの内照射療法が実は保険収載されています。

内照射で腫瘍のボリュームを減らして、その後免疫チェックポイント阻害剤などで免疫力を上げて、残りの腫瘍や、微小転移を退治する作戦が理に適っています。そして将来的にもがんの再発や新しいがんの発生が起こらないように免疫力を上げる生活が必須です。

内用療法

内照射と似ていますが、線源を出すアイソトープを点滴したり、内服して治療する方法が内用療法です。

去勢抵抗性前立腺癌の骨転移治療にゾーフィゴという内服量法が使用可能です。本邦で初めて保険適用されたα線放出ラジオアイソトープ内用療法薬で、外来で月1回、最大で6回の注射を行う治療です。ラジウム−223というα線(アルファ線)を出す放射性物質を使います。代謝が活発になっているがんの骨転移巣に多く運ばれます。骨転移巣の腫瘍のボリュームを選らすために使用します。

内用療法のひとつにベプチド受容体放射線核種療法があります。例えばソマトスタチン受容体に結合するソマトスタチンアナログを利用するものです。多くの神経内分泌腫瘍の細胞表面にソマトスタチン受容体があります。そこでソマトスタチン受容体に結合するソマトスタチンアナログにγ線を放出する物質を重合させたものを利用すると神経内分泌腫瘍の画像診断が可能になり、また細胞障害を起こすβ線を放出する物質を重合させると治療薬になります。これをベプチド受容体放射線核種療法と称します。欧州では20年前から標準治療ですが、本邦ではやっと保険適用になりました。6ヶ月の間に、4回の注射を行う治療です。約1100万円です。

甲状腺がんに対する放射線ヨード治療は内服療法として有名です。甲状腺ホルモンは甲状腺の濾胞上皮で産生されます。甲状腺を全摘して、その後にI(ヨード)-131を内服することで、甲状腺がんの微小転移巣などに核種が取り込まれて、残存腫瘍細胞を障害します。

内用療法にはいろいろながんの治療法としての可能性があります。内用療法で腫瘍のボリュームを減らして、その後免疫チェックポイント阻害剤などで免疫力を上げて、残りの腫瘍や、微小転移を退治する作戦が理に適っています。そして将来的にもがんの再発や新しいがんの発生が起こらないように免疫力を上げる生活が必須です。

腫瘍溶解ウイルス

遺伝子発現治療製剤デセルパツレブ(商品名デリタクト)が2021年に悪性神経膠腫に対して保険収載されました。これはいわゆる腫瘍溶解ウイルスです。口唇ヘルペスウイルスの3つの遺伝子を人工的に改変したもので、腫瘍内でのみ増殖し、その後腫瘍を溶解します。腫瘍外では増殖しないので、腫瘍内に直接投与する必要があります。6回まで保険で認められています。

今後は悪性神経膠腫に限らず、いろいろながんに臨床応用されるでしょう。

腫瘍溶解ウイルスで腫瘍のボリュームを減らして、その後免疫チェックポイント阻害剤などで免疫力を上げて、残りの腫瘍や、微小転移を退治する作戦が理に適っています。そして将来的にもがんの再発や新しいがんの発生が起こらないように免疫力を上げる生活が必須です。

抗体薬物複合体(Antibody-drug conjugate : ADC)

本邦での最初の抗体薬物複合体は2001年の急性骨髄性白血病に対するゲムツズマブオゾガマイシン(商品名マイロターグ)です。CD33に対する抗体であるゲムツズマブにオゾガマイシンを結合させたものです。

固形癌の領域では、抗HER2薬であるハーセプチン(トラスツズマブ)で効果が得られなくなった再発性乳がんに対して、ハーセプチンに抗がん剤(微小管形成阻害剤のメルタンシン)を付加したトラスツズマブ エムタンシン(商品名カドサイラ)が2013年に保険承認されました。

またトラスツズマブ デルクステカン(商品名エンハーツ)はハーセプチンにトポイソメラーゼIの阻害作用を有するカンプトテシン誘導体を結合させたもので、日米共同第1相臨床試験の結果に基づき、2020年に先駆け審査指定制度のもとに保険承認されました。そして2023年には「化学療法歴のあるHER2低発現の⼿術不能⼜は再発乳癌」が適用追加になりました。

抗体薬物複合体は以前から構想はありましたが、抗体と抗がん作用を有する薬物との結合が腫瘍細胞内だけで切断されるように設計することが難しかったのです。血液中で抗がん剤の部位が切断されると正常細胞にも影響を及ぼします。

また、HER2タンパク質に結合したあと細胞内に取り込まれて抗がん作用を発揮するため、高濃度の薬剤の投与が可能になり、また腫瘍が薬剤により崩壊したのちは抗がん作用が周囲に及ぶため、HER2陽性以外の周囲の腫瘍細胞も破壊する(バイスタンダー効果)ことができます。

抗体薬物複合体で腫瘍細胞を破壊できますが、治療をくぐり抜けたがん細胞を退治するには免疫力が必要です。免疫システムによってがん細胞を最終的に退治するストーリーを作り上げられると根治に向かいます。

いろいろながん種に対する抗体薬物複合体の開発が進んでいます。抗体薬物複合体で腫瘍のボリュームを減らして、その後免疫チェックポイント阻害剤などで免疫力を上げて、残りの腫瘍や、微小転移を退治する作戦が理に適っています。そして将来的にもがんの再発や新しいがんの発生が起こらないように免疫力を上げる生活が必須です。

CAR-T細胞療法(キメラT細胞療法)

血液がん領域では、造血細胞移植と抗がん剤の進歩でこの数十年で飛躍的に生存率が向上した疾患が多数あります。最近のトピックはCAR-T療法で、CAR-Tとは Chimeric antigen receptorの略で、キメラ抗原受容体です。患者さんのTリンパ球をアフェレーシスで採取し、アメリカに空輸して、遺伝子操作を行って、腫瘍に対するキメラ抗原受容体を発現させたTリンパ球を作製し、そして凍結して日本に送り返します。がん細胞と効率的に結合するCAR-T細胞を使って免疫(キラーT細胞の免疫システム)を賦活化し、血液がんを退治する作戦です。

CAR-T療法のひとつであるキムリアの保険適用病名は「再発又は難治性のCD19陽性のB細胞性急性リンパ芽球性 白血病」で25歳以下(投与時)と追記があります。また「再発又は難治性のびまん性大細胞型B細胞リンパ腫、再 発又は難治性の濾胞性リンパ腫」は年齢制限の記載がありません。薬価は約3200万円です。

いろいろながん種に対するCAR-T療法の開発が進んでいます。CAR-T療法で腫瘍のボリュームを減らして、その後免疫チェックポイント阻害剤などで免疫力を上げて、残りの腫瘍や、微小転移を退治する作戦が理に適っています。そして将来的にもがんの再発や新しいがんの発生が起こらないように免疫力を上げる作戦の付加が必須です。

二重特異性抗体薬

抗体はY字型をしていて、その先端(上部)が可変領域で、左右とも同じ抗原に結合します。ここで最新の合成技術を使うと、Y字型の左右で、別の抗原を認識する抗体を作成可能です。これを二重特異性抗体と称します。この利点のひとつは、がん細胞と免疫細胞を架橋することができることです。

CAR-T細胞療法は、キラーT細胞に人為的に抗原リセプターを発現させます。この抗原リセプターががんを認識するため、がん細胞と免疫細胞のひとつであるキラーT細胞のコンタクトを引き起こします。しかし、CAR-T細胞療法はT細胞を患者さんから取り出し、そしてアメリカに空輸して工場で作製されます。すばらしい作戦ですが欠点は時間がかかることです。

一方で、二重特異性抗体でがん細胞と免疫細胞を架橋することができれば、CAR-T細胞を作る時間が省略でき、同様の効果が期待できます。

保険収載されているエプキリン皮下注はCD3(T細胞表面抗原)とCD20(B細胞性腫瘍の細胞膜抗原)を認識する二重特異性抗体です。T細胞と腫瘍化したB細胞を架橋できるのです。CAR-T細胞療法とほぼ同様のことを、二重特異性抗体を用いて行っています。
いろいろながん種に対する二重特異性抗体の開発が進んでいます。二重特異性抗体を用いて腫瘍のボリュームを減らして、その後免疫チェックポイント阻害剤などで免疫力を上げて、残りの腫瘍や、微小転移を退治する作戦が理に適っています。そして将来的にもがんの再発や新しいがんの発生が起こらないように免疫力を上げる工夫が必須です。

光免疫療法(アルミノックス治療)

光免疫療法(アルミノックス治療)はがん細胞の表面に発現している分子(EGFR)に結合する抗体(セツキシマブ)に色素を結合させたものです。色素 (IR700) は波長690ナノメートルのレーザーを当てることで形を変える(活性化する)ものです。この薬剤を注射した後にレーザー光照射を行うことでレーザー光が届く部位にのみ抗腫瘍効果が出現します。

「他の臓器や組織に遠隔転移をしていない局所進行および再発の頭頸部がん」が光免疫療法の保険適用病名です。今後も保険適用が拡大されるでしょう。

光免疫療法で腫瘍のボリュームを減らして、その後免疫チェックポイント阻害剤などで免疫力を上げて、残りの腫瘍や、微小転移を退治する作戦が理に適っています。そして将来的にもがんの再発や新しいがんの発生が起こらないように免疫力を上げる作戦が必須です。

ホウ素中性子捕捉療法

最近は、ホウ素中性子捕捉療法 (BNCT, Boron Neutron Capture Therapy)も導入されています。腫瘍に特異的に取り込まれるホウ素を静脈内に投与し数時間後に腫瘍部位に中性子を当てる治療です。原子炉以外での中性子照射装置(加速器型中性子照射装置)が開発され病院でも治療が行われるようになりました。

ホウ素薬剤がアミノ酸代謝の盛んな腫瘍に集積し、そして生体内の元素の数千倍の核反応を中性子と起こすことを利用しています。ホウ素は中性子に補足されるとα線と7Li粒子(リチウム核)が生じます。これらに殺細胞作用があります。皮膚から7cmまでしか中性子が届かないことが欠点ですが、無麻酔で1回の治療で終了します。保険適用病名は「切除不能な局所進行又は局所再発の頭頸部癌」のみです。今後も保険適用が拡大されることが期待されています。

今後いろいろな腫瘍に応用可能です。ホウ素中性子捕捉療法で腫瘍のボリュームを減らして、その後免疫チェックポイント阻害剤などで免疫力を上げて、残りの腫瘍や、微小転移を退治する作戦が理に適っています。そして将来的にもがんの再発や新しいがんの発生が起こらないように免疫力を上げる工夫が必須です。

ロボット支援手術

ロボット支援手術は、開腹術と比較して利点が少ないと発言する外科医もいます。しかし、大きな創で行う手術と、小さな穴が複数残るだけの手術では手術後の回復が違います。手術後早期にリハビリが行え、そして日常生活に早く復帰できるロボット支援手術は免疫力の低下を避ける観点でもっとも利点があると思っています。

ロボット支援手術で免疫力の低下を最小限に抑えて、腫瘍のボリュームを減らして、その後免疫チェックポイント阻害剤などで免疫力を上げて、残りの腫瘍や、微小転移を退治する作戦が理に適っています。そして将来的にもがんの再発や新しいがんの発生が起こらないように免疫力を上げる作戦の付加が必須です。

アクティブサーベイランス

以前はがんが発見されると即座に治療が開始されました。放置という概念がありませんでした。ところが、前立腺がんや甲状腺がんの中には、数十年に亘って悪さをしないがんもあることが判明しました。そこで、敢えて治療を行わない積極的経過観察(アクティブサーベイランス)が選ばれることも多くなりました。

血液腫瘍では多発性骨髄腫、マクログロブリン血症、慢性リンパ性白血病などでアクティブサーベイランスが選ばれることがあります。

アクティブサーベイランスが選ばれた場合は、特に免疫力の低下は避けるべきです。免疫力をアップさせる生活を励行しましょう。

リキッドバイオプシー

リキッドバイオプシーとは体液、特に血液でがんを見つけようという作戦です。腫瘍組織からこぼれ落ちるctRNA (Circulating Tumor RNA)やctDNA (Circulating Tumor DNA)、そしてエクソソームなどを血液から検出して、診断しようという作戦です。

近未来のがん検診は、リキッドバイオプシーが陽性と判断されたときに、確定診断のために画像検査や内視鏡検査が行われるようになるでしょう。いろいろながんの早期発見のために、網羅的にがん検診を行う時代の終焉が間近です。

問題は、リキッドバイオプシーで陽性に出て、画像診断や内視鏡検査では腫瘍が捉えられないときです。「ステージゼロのがん」とも言えます。

そんなときには、免疫力をアップさせて、画像診断できる大きさになることを防止するか、免疫力でがんの芽を退治する作戦になります。

エクソソーム

細胞膜に囲まれた小さな小胞が細胞内に多数存在しています。細胞内小胞と称されますが、この役割や機能の解明は2013年にノーベル賞に輝きました。この細胞内小胞が血液中に分泌されたものが、ザックリ言うとエクソソーム(細胞外小胞)です。

ホルモンに似ていますが、ホルモンは血液中を流れる葉書のイメージで、そこに命令文が書かれています。エクソソームは血液中を流れる段ボール箱のイメージで、その中には多数の命令文や、未だ解明されていないいろいろなものが含まれています。

解明されていないもののひとつに、「がん細胞が出すエクソソームは、実は転移先を耕している」という研究があります。原発巣からがんが転移する前に、エクソソームを分泌して、そのエクソソームが辿り着いた臓器に、その後にがんが原発巣から転移するというストーリーです。

がん細胞から出されたエクソソームが転移先を耕しているときには、是非とも免疫力をアップさせましょう。免疫力で将来の転移を阻止することができます。エクソソームの解析はまだ保険収載されていません。

糞便移植

免疫チェックポイント阻害剤が無効な患者さんと、有効な患者さんが実際にいます。その差を呈するひとつが便の性状です。つまり腸内環境です。なんと免疫チェックポイント阻害剤が効かなかった患者さんに、効いている患者さんの糞便移植を行うと免疫チェックポイント阻害剤が効くようになるのです。

どんな腸内環境が免疫チェックポイント阻害剤の有効性を高めるかはこれからの課題です。まず判明していることは、食事に影響される腸内環境が免疫力には実は超大切という事実です。

糞便移植はいろいろな疾患の治療として期待されていますが、未だ保険適用されていません。糞便移植の一部は先進医療として認められています。先進医療では自由診療部分が存在しても混合診療が認められています。今後、保険収載されることが期待されています。

冴えた抗がん剤の開発

免疫チェックポイント阻害剤と、それ以外の抗がん剤はまったく異なります。免疫チェックポイント阻害剤は患者さん自身の免疫力を上げて、そしていろいろながんを退治することができます。一方で免疫チェックポイント阻害剤以外の抗がん剤はいろいろな工夫をしていますが、自身の免疫力を上げることはできません。

つまり、がんに対する作戦が根本的に異なるのです。免疫チェックポイント阻害剤は免疫力を明らかにアップさせますが、上がりすぎによる自己免疫疾患類似の副作用が稀に生じます。命に関わることもあります。免疫チェックポイント阻害剤の今後の課題は、副作用なく、最大限の免疫力アップを導く作戦展開の方法です。

一方で免疫チェックポイント阻害剤以外の抗がん剤に要求されることは、免疫力を落とすことなく、がん細胞を退治することです。現状はがんに発現されるタンパク質などをターゲットにしています。しかし、悪性腫瘍は多種のがんの集合体です。特定のターゲットを退治しても、その抗がん剤の攻撃をくぐり抜けたがん細胞が生き残ります。抗がん剤サイドから見ると、耐性ができたことになります。

ですから、腫瘍のボリュームを減らすために「冴えた抗がん剤」が必要です。「冴えた抗がん剤」とは、副作用が軽度で免疫力を落とすことなく、腫瘍の量を確実に減らすことができるものです。

そして、過剰の免疫反応による副作用がなく免疫力をアップする免疫チェックポイント阻害剤の適切な使用方法の開発が必要です。

漢方薬はがん治療には無力

漢方薬ではがんと梅毒と脚気は治せませんでした。がんは長寿になって、高齢化して免疫力が低下する時期まで人が生きるようになったから、頻度が増えている疾患です。日本漢方(和漢)のバイブルである傷寒論は約1800年前に編纂されたと言われています。当時から明治時代までは、がんという概念はほとんどありませんでした。

その理由のひとつは、がんの診断が難しかったからです。しかし乳がんは肉眼的に診断できるものなので、江戸時代でも観察されています。そして江戸時代の漢方の名医である華岡青洲は漢方薬では乳がん(乳岩と書かれています)を治すことができなかったので、世界初の全身麻酔を、チョウセンアサガオを含んだ漢方薬で1804年に行い、乳がんの摘出手術を施行しています。

江戸時代の名医である杉田玄白は著書の中で、患者の7割から8割は梅毒であったと述べています。漢方薬が梅毒に有効なら、そんなことにはなりません。梅毒はペニシリンが今でも特効薬です。ペニシリンは世界初の抗生物質で第2次世界大戦終盤に大量生産が可能になり、敗血症で亡くなる予定だった兵士を多数救命しています。

脚気はビタミンB1の欠乏症です。江戸患いという別名が付いていました。玄米ではなく白米を食する江戸で大流行したからです。漢方薬は生薬の足し算で、生薬は自然界のものです。玄米も当然に生薬です。目の前に脚気を治す生薬が実在しているのに江戸時代の漢方医は昔の呪縛に囚われて、前を向いて治療ができませんでした。新しい漢方薬の開発を怠ったとも言えます。

漢方の過去を勉強しても、がんと梅毒と脚気は治せないのです。どんなに漢方診療を極めても、漢方理論を知っても、古典を大量に読破しても、がんと梅毒と脚気は治せないのです。漢方薬の未来は、前を向いての新しい漢方薬の開発と、新しい使用方法の探究です。過去はヒントにしかなりません。

私が描く近未来のがん治療

日本人の平均寿命は明治時代で約40歳、第二次世界大戦後でも約50歳、そして現在は女性が約87歳、男性が81歳です。西洋医学の進歩で、明治時代の倍を生きることができるようになりました。高齢化は免疫力の低下を伴います。ますますがんが日常的な病気になります。

わたしが医師になった40年前は、がんは「悪」でした。外科治療で綺麗に切除できれば「やることは十分に行った。あとは患者さんの運任せ!」でした。切除できなければ「負け」でした。

ところが、どんなに大きな手術(拡大手術)を行っても、がんの延命効果は芳しくありませんでした。そこに登場したのが免疫チェックポイント阻害剤です。免疫チェックポイント阻害剤はがん治療にふたつの方法があることを証明しました。①がんを可能な限り取り除く方法と、②免疫力を上げて退治する方法です。

そして免疫力を落とさないように、がんを取り除く必要があるとの理解に変わっていきました。がんとは共存すればいいのです。もちろん早期がんでは完全に取り除く努力をしましょう。そして再発の防止や新しいがんができることを防ぎましょう。

リンパ節転移や遠隔転移があればがんとの共存でよいのです。免疫力が落ちるような治療は御利益を十分に考えて行ってください。大した御利益がないのに免疫力を落とす治療を行うことは相当患者さんにとって不利になります。

免疫チェックポイント阻害剤の登場で、がんに対する概念が激変しました。

免疫チェックポイント阻害剤と同じような生薬があった!

私が外科医になって40年、免疫学を勉強して30年、漢方に興味を持って25年が経過します。「外科医 x 免疫学者 x 漢方医」として探していたものは、免疫力を上げる生薬です。そんな重篤な副作用がなく、明らかな抗がんエビデンスがある生薬フアイアに辿り着きました。その生薬は難治のがんとされる肝臓がんの1000例規模のランダム化された大規模臨床試験を生存率で勝ち抜きました。

多成分系の生薬らしく不思議なことは、基本的に免疫力をアップさせて、がんや感染症に有効ですが、なんと免疫が過剰亢進した状態(つまりステロイドが有効な病態)にも効果を発揮します。漢方薬や生薬が中庸に整える働きがあるからです。

終わりに

「がんは、できるだけ短時間で主病巣をサラッととればいい。リンパ節郭清は適当で!」と免疫チェックポイント阻害剤が登場した今だからこそ解る真実を40年近く前から唱えていた大先輩の雨宮先生は、私がイグノーベル賞を頂いた2013年に膵臓がんで他界されました。40年前の拡大手術の全盛期に、今を予見していた発言でした。感服の極みです。私も「外科医 x 免疫学者 x 漢方医」として情報発信をしています。雨宮先生のように将来を予見することができるように精進したいと思っています。

内部リンク(当サイトで参考になる別記事)

【生薬フアイア概説】がんや難症に有効

【がん治療三部作①】誰も教えてくれなかった「がん治療病院の選び方」

【がん治療三部作②】がんの標準治療は「並」! それで十分!

執筆者略歴 新見正則

新見正則医院院長。1985年慶應義塾大学医学部卒業。98年移植免疫学にて英国オックスフォード大学医学博士取得 (Doctor of Philosophy)。外科医 x サイエンティスト x 漢方医としてレアな存在で活躍中。2020年まで帝京大学医学部博士課程指導教授 (外科学、移植免疫学、東洋医学)。2013年イグノーベル医学賞受賞 (脳と免疫)。現在は、世界初の抗がんエビデンスを獲得した生薬フアイアの啓蒙普及のために自由診療のクリニックでがん、難病・難症の治療を行っている。漢方JP主宰者。

新見正則の生き方論は以下の書籍も参考にしてください。
しあわせの見つけ方 予測不能な時代を生きる愛しき娘に贈る書簡32通(新興医学出版社)
新見正則オフィシャルサイトはこちら

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