膵臓がんで治療しない選択をしても、痛みや黄疸などの症状の治療は受けられます。余命の数字は、治療しなかった人の中身で大きく変わります。
膵臓がんの治療は、手術で切除できるかどうかで分かれ、標準治療を基本に、本人の希望や生活環境、年齢を含めた体の状態などを考えあわせて決めます(国立がん研究センター がん情報サービス「膵臓がん 治療」2026年3月19日更新)。高齢で手術や抗がん剤を迷うときに必要なのは、治療しない場合の経過、治療の負担、そして年齢以外の体の状態の3つの材料です。
この記事の内容
膵臓がんで「治療しない」とは、何もしないことですか?
いいえ。がんを小さくする治療をしなくても、痛みや黄疸などの症状を和らげる治療は受けられます。
手術・抗がん剤・放射線治療でがんそのものを狙う治療をせず、症状を和らげる治療と生活の支えに絞ることを、ベストサポーティブケア(BSC)と呼びます。国立がん研究センターは、緩和ケアは診断されたときから、がんの治療と並行して受けられると説明しています(がん情報サービス「膵臓がん 治療」2026年)。
| 起こりうること | 受けられる対処 |
| 黄疸・胆管炎(がんで胆管がふさがる) | 胆汁の通り道をつくる胆道ドレナージを行います。内視鏡で胆管にステントを入れる方法が主流です。ステントは詰まったりずれたりして、交換が必要になることがあります |
| 食事が通らない(がんで胃や十二指腸がふさがる) | 十二指腸にステントを入れる方法と、胃と小腸をつなぐバイパス手術(胃空腸吻合術)があります |
| 痛み | 医療用麻薬を含む鎮痛薬を使います。痛みに関わる神経の近くに薬を注射する神経ブロックや、骨転移の痛みを和らげる放射線治療もあります |
| つらさや生活の困りごと | がん診療を行う病院の緩和ケア、在宅医療、がん相談支援センターで相談できます |
出典:国立がん研究センター がん情報サービス「膵臓がん 治療」(2026年3月19日更新、膵癌診療ガイドライン2025年版に基づく)をもとに作成
緩和ケアをいつから、どこで受けられるかは緩和ケアはいつから受けられるかの記事で、症状や副作用を和らげる治療の全体は支持療法とはの記事で整理しています。
膵臓がんの治療は、どのように決まりますか?
まず手術で切除できるかを調べ、「切除可能」「切除可能境界」「切除不能」の3つに分けて決めます。
| 区分 | 標準的な治療 |
| 切除可能 | 手術のみ、または手術と薬物療法を組み合わせます |
| 切除可能境界 | 抗がん薬、または抗がん薬と放射線治療を一定期間行い、手術ができるかを改めて判断します |
| 切除不能(局所進行・遠隔転移) | 薬物療法、または化学放射線療法を行います |
出典:国立がん研究センター がん情報サービス「膵臓がん 治療」(2026年3月19日更新)をもとに作成
手術には、膵頭十二指腸切除術、膵体尾部切除術、膵全摘術があります。膵頭十二指腸切除術では、膵液や胆汁の漏れ、胆管炎、腹膜炎や出血、胃の内容物が腸へ流れにくくなる胃排出遅延などの合併症が起こることがあります。膵全摘術のあとは、インスリンの注射が欠かせなくなります。
病状や治療の状況によってがん遺伝子検査が行われることがあり、その結果によっては、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬を使う場合があります。
膵臓がんで治療しない場合、余命はどのくらいですか?
日本の切除できない膵臓がんの集計では、抗がん剤治療を受けなかった65歳以上の人の生存期間の中央値は86日でした。
愛媛大学と関連する9病院で、2001〜2010年に切除できない膵臓がんと診断された895人を振り返った研究です。65歳以上の659人のうち、抗がん剤治療を受けた人の生存期間の中央値は274日、症状を和らげる治療(BSC)だけを選んだ人は86日でした(Kuroda T, et al. Efficacy of chemotherapy in elderly patients with unresectable pancreatic cancer. BMC Gastroenterol 2017)。抗がん剤の多くはゲムシタビンを中心とした治療で、今使われている組み合わせの治療が国内で承認される前の時期の数字です。
早期の膵臓がんでも、治療しなかった人の数字は短く出ています。米国の全国がんデータベース(NCDB)で2010〜2016年に臨床病期Ⅰ期と診断された17,833人のうち、5,543人(31.1%)は治療を受けていませんでした。全生存期間の中央値は、手術を受けた人25.1か月、手術以外の治療を受けた人11.1か月、治療を受けなかった人5.1か月でした(Watson MD, et al. Factors Associated with Treatment and Survival of Early Stage Pancreatic Cancer. J Pancreat Cancer 2020)。
| 研究 | 治療しなかった人 | 治療した人 |
| 日本・切除不能・65歳以上(2001〜2010年診断) | 生存期間の中央値86日(BSCのみ) | 274日(抗がん剤治療) |
| 米国・臨床病期Ⅰ期・全年齢(2010〜2016年診断) | 全生存期間の中央値5.1か月 | 25.1か月(手術)、11.1か月(手術以外の治療) |
出典:Kuroda T, et al. BMC Gastroenterol 2017、Watson MD, et al. J Pancreat Cancer 2020
生存期間の中央値は、集計した人を診断から追いかけ、半数の人が亡くなった時点までの期間です。一人ひとりの残りの時間を予測する数字ではありません。余命の数字が一般にどう作られ、どこまで当たるかは、余命宣告はいつされるかの記事で説明しています。
治療しない人の余命の数字は、なぜそのまま当てはめられないのですか?
「治療しなかった人」の中に、体力的に治療できなかった人と、治療できたのに選ばなかった人が混ざっているからです。
治療を受けなかった人には、全身状態が悪い、ほかの病気が重いなどの理由で、治療を受けられなかった人が多く含まれます。こうした人は、がんの治療をしなくても経過が短くなりやすく、治療しなかった人全体の数字を短くします。
一方で、治療を受けられたのに受けなかった人もいます。日本の895人の研究で、BSCを選んだ65歳以上の315人のうち、理由がわかった261人を調べると、133人(51.0%)は抗がん剤治療の適格基準を満たしていました。この133人のうち78人(58.6%)は、病名を知らされていませんでした。本人ではなく家族の希望でBSCになった人が65人(48.8%)、医師が年齢だけで判断した人が68人(51.1%)いたと報告されています(Kuroda T, et al. BMC Gastroenterol 2017)。
米国のⅠ期の研究でも、手術を受けなかった人のおよそ46%には、記録の上で手術ができない理由が見当たりませんでした(Watson MD, et al. J Pancreat Cancer 2020)。
高齢になると、膵臓がんの手術は危険ですか?
80歳以上では、80歳未満より手術後30日以内に亡くなる人と合併症が多いと報告されています。ただし、年齢だけで手術ができないとは決まりません。
膵頭十二指腸切除術を受けた80歳以上と80歳未満を比べた18の研究をまとめた解析では、80歳以上で、30日以内の術後死亡のオッズ比が2.22(95%信頼区間1.48〜3.31)、合併症全体のオッズ比が1.51(同1.25〜1.83)でした。肺炎(オッズ比1.72)と胃排出遅延(同1.77)が多く、膵液瘻と胆汁漏には差がありませんでした。退院するときに、リハビリや在宅での看護が必要になる人も多くなっていました(Kim SY, et al. The outcomes of pancreaticoduodenectomy in patients aged 80 or older. HPB 2017)。
2.22は、亡くなる人の割合ではない
2.22は、80歳以上は80歳未満に比べて手術後30日以内に亡くなる見込みが約2倍という相対的な比較です。何%の人が亡くなるかという割合ではありません。対象には膵臓がんのほか、十二指腸乳頭部など膵臓の周りにできるがんの手術も含まれます。また、手術を受けた80歳以上は、体の状態を見て手術ができると判断された人たちで、80歳以上全体ではありません。
治療の選び方について、国立がん研究センターは、年齢を含めた体の状態などを考えあわせるとしています。年齢は、そこで考えあわせる事情の1つです。
高齢者でも、膵臓がんの抗がん剤治療は受けられますか?
受けられます。膵癌診療ガイドライン2025年版の作成過程の資料(推奨作成関連資料の最終案で、ガイドライン本体ではありません)は、高齢者の進行膵臓がんに、全身状態やほかの病気を考えて抗がん剤治療を行うことを提案しています。
日本膵臓学会が公開している膵癌診療ガイドライン2025年版の推奨作成関連資料(薬物療法グループが2024年10月15日にまとめた推奨文の最終案で、ガイドライン本体の推奨文ではありません)では、高齢者の進行膵臓がんの一次化学療法として、Performance status(日常生活をどのくらい自分でこなせるかを表す全身状態の指標)や併存疾患を考慮して、次のいずれかを行うことが提案されています。推奨の強さは弱く、エビデンスの強さはCです(日本膵臓学会 膵癌診療ガイドライン2025 推奨作成関連資料 化学療法 最終案)。
- ゲムシタビン+ナブパクリタキセル併用療法
- ゲムシタビン単独療法
- S-1単独療法
高齢者の年齢について、資料は患者・市民グループからの質問に「75歳を目安としているが、70歳での検討も多く、明確な定義は困難」と回答しています(同 推奨作成関連資料 化学療法 最終案)。CQの設定を記した別の資料には、75歳以上で報告された研究が少ないこと、高齢者の全身状態は一人ひとりかなり差があることにも注意するよう書かれています(同 推奨作成関連資料 化学療法 CQの設定)。転移のある膵臓がんでは、全身状態や年齢などから併用療法が適さない人に、ゲムシタビン単独療法かS-1単独療法を行うことが提案されています。
日本の895人の研究では、抗がん剤治療を受けた人の生存期間の中央値は、65歳以上で274日、65歳未満で333日で、統計的な差はありませんでした(Kuroda T, et al. BMC Gastroenterol 2017)。
抗がん剤を始めたあとで続けるか、やめるかの判断は、抗がん剤のやめどきの記事で扱っています。
治療するかを決めるとき、年齢のほかに何を見ればいいですか?
手術で切除できるか、全身状態、ほかの病気、本人の希望です。がん以外の理由で残る時間も、比べる材料になります。
- 切除可能・切除可能境界・切除不能のどれにあたるか
- 全身状態(日常生活をどのくらい自分でこなせるか)
- 心臓・肺・腎臓などのほかの病気
- 本人の希望と生活環境
膵臓がん以外の理由で残る時間の目安として、平均余命があります。令和6年(2024年)簡易生命表では、主な年齢の平均余命は次のとおりです(厚生労働省「令和6年簡易生命表の概況」)。
| 年齢 | 男性の平均余命 | 女性の平均余命 |
| 75歳 | 12.08年 | 15.75年 |
| 80歳 | 8.96年 | 11.83年 |
| 85歳 | 6.31年 | 8.37年 |
| 90歳 | 4.27年 | 5.55年 |
出典:厚生労働省「令和6年簡易生命表の概況」表1
平均余命は、その年齢の人全体の平均です。国立がん研究センターは、同じ年齢でも健康状態によって残りの時間に幅があることを示しています。70歳では、長く生きた上位25%の人はさらに21.1年、中央の人は15.9年、下位25%の人は10.1年生存したとされます(国立がん研究センター がん情報サービス「年齢・全身状態別余命データ」2019年7月8日更新)。この資料は医療者向けで、治療の利益と負担を比べて説明と同意を行うときの材料の1つとして示されています。
高齢で進行がんと言われたときの余命の数字の読み方は、肺がんステージ4、80代の余命の記事でも扱っています。
86日には、治療を選べた人も入っている
治療しない場合の生存期間は、くじ引きで治療する人としない人を分けて比べた数字ではありません。実際に治療しなかった人を後から集めた数字です。治療できないほど体が弱っていた人が多く入れば、短く出ます。日本の研究は、治療を選ばなかった理由に、本人の意思ではなく家族の希望や年齢だけの判断が含まれていたことも示しています。数字を自分に当てはめる前に、自分の全身状態がどちらの人に近いかを主治医に尋ねることができます。
51.0%
抗がん剤治療を受けなかった65歳以上の膵臓がんの人のうち、理由がわかった人の中で、治療の適格基準を満たしていた人の割合です。
治療しなかった人の余命は、治療できなかった人だけの数字ではありません。
出典:Kuroda T, et al. BMC Gastroenterol 2017(愛媛大学と関連9病院、切除不能膵臓がん895人、2001〜2010年診断)
監修
新見正則(にいみ まさのり)
新見正則医院院長。1985年慶應義塾大学医学部卒業。1998年、英国オックスフォード大学にて移植免疫学の医学博士(Doctor of Philosophy)取得。2020年まで帝京大学医学部博士課程指導教授(外科学、移植免疫学、東洋医学)。2013年イグノーベル医学賞受賞(脳と免疫)。外科医、免疫学者、漢方医として臨床と研究の両方に携わる。
日本外科学会 外科専門医・指導医/日本消化器外科学会 消化器外科指導医/日本東洋医学会 漢方専門医/アメリカ外科学会フェロー(FACS)
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数字の次に知りたいのは、治療しない選択を医師がどう考えているかかもしれません。
(超)高齢者には「がん放置療法」で、そして漢方薬や生薬は?
高齢のがんで手術・抗がん剤・放射線治療をしない選択について、新見正則が自分の考えを書いたブログです。治療の効果と合併症を天秤にかけること、決める基準は暦の年齢ではなく本人の気力と体力だという見方を述べています。
よくある質問
Q膵臓がんで治療しないと、余命はどのくらいですか?
日本で2001〜2010年に切除できない膵臓がんと診断された人の研究では、抗がん剤治療を受けず、症状を和らげる治療だけを選んだ65歳以上の人の生存期間の中央値は86日でした。ただし、治療を受けなかった人には体力的に治療できなかった人が多く含まれるため、一人ひとりの余命をこの数字で予測することはできません。
Q80代でも膵臓がんの手術はできますか?
年齢だけでは決まりません。80歳以上では80歳未満に比べて、膵頭十二指腸切除術のあと30日以内に亡くなる人(オッズ比2.22)や合併症(オッズ比1.51)が多いと報告されています。手術で切除できるか、全身状態、ほかの病気を合わせて判断します。
Q治療しない場合、痛みや黄疸はどうなりますか?
症状の治療は受けられます。黄疸には胆管にステントを入れる処置、食事が通らないときには十二指腸ステントやバイパス手術、痛みには医療用麻薬を含む鎮痛薬や神経ブロックがあります。緩和ケアは診断されたときから受けられます。
Q高齢者向けの膵臓がんの抗がん剤治療はありますか?
膵癌診療ガイドライン2025年版の推奨作成関連資料(ガイドライン本体ではなく、作成過程の最終案)では、高齢者の進行膵臓がんに、全身状態やほかの病気を考慮して、ゲムシタビン+ナブパクリタキセル併用療法、ゲムシタビン単独療法、S-1単独療法のいずれかを行うことが提案されています。高齢者の年齢は75歳を目安としつつ、70歳での検討も多く、明確な定義は困難とされています。
参考文献
- 国立がん研究センター がん情報サービス「膵臓がん 治療」(2026年3月19日更新、膵癌診療ガイドライン2025年版に基づく)
https://ganjoho.jp/public/cancer/pancreas/treatment.html - 日本膵臓学会 膵癌診療ガイドライン2025 推奨作成関連資料 化学療法 最終案(薬物療法グループ 2024年10月15日。推奨文の最終案と患者・市民グループの質問への回答を含む作業資料で、ガイドライン本体ではない)
https://www.suizou.org/pdf/pcc/2025/m05-2.pdf - 日本膵臓学会 膵癌診療ガイドライン2025 推奨作成関連資料 化学療法 CQの設定
https://www.suizou.org/pdf/pcc/2025/m05-1.pdf - Kuroda T, Kumagi T, Yokota T, et al. Efficacy of chemotherapy in elderly patients with unresectable pancreatic cancer: a multicenter review of 895 patients. BMC Gastroenterol. 2017;17:66. doi:10.1186/s12876-017-0623-8
https://doi.org/10.1186/s12876-017-0623-8 - Watson MD, Miller-Ocuin JL, Driedger MR, et al. Factors Associated with Treatment and Survival of Early Stage Pancreatic Cancer in the Era of Modern Chemotherapy: An Analysis of the National Cancer Database. J Pancreat Cancer. 2020;6(1):85-95. doi:10.1089/pancan.2020.0011
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32999955/ - Kim SY, Weinberg L, Christophi C, Nikfarjam M. The outcomes of pancreaticoduodenectomy in patients aged 80 or older: a systematic review and meta-analysis. HPB (Oxford). 2017;19(6):475-482. doi:10.1016/j.hpb.2017.01.018
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28292633/ - 厚生労働省「令和6年簡易生命表の概況」主な年齢の平均余命
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life24/dl/life24-02.pdf - 国立がん研究センター がん情報サービス 医療関係者の方へ「年齢・全身状態別余命データ」(2019年7月8日更新)
https://ganjoho.jp/med_pro/cancer_control/medical_treatment/guideline/life_expectancy.html





