保険診療だけが是か?

いろいろな医療系のYouTubeを見ていると、「保険診療は是で、自由診療は悪」という論調に出会います。保険診療は厚生労働省が薬価収載をしないと行えません。「お上のご意向」に沿って適正な臨床試験を経て専門家に諮った上で、保険収載項目や薬価は決められています。ですから「是である」ことに異論はありません。

敢えて異論を唱えると、保険適用でありながら西洋薬に必須とされる臨床試験を経ずに、歴史的・経験的立場から超法規的に認められた医療用漢方製剤があります。医療用漢方製剤がこのまま保険収載され続けていいのかというクエスチョンへの答えは、政治判断と国民の総意にかかっています。僕には臨床試験を経ないで保険適用とされ続けている医療用漢方製剤はアンフェアに思えます。

「自由診療は悪だ」という論調の根拠は、保険診療には臨床試験があるからです。しかし、そんな論調を展開している医師の中で、医療用漢方製剤の超法規的な現状にメスを入れる人、疑問を唱える人はほぼいません。

確かに自由診療の多くには怪しい雰囲気がありあす。ランダム化された大規模臨床試験がないからです。そしてお金儲けのビジネスとして効かないと解っているものを効くように謳って販売していることが少なからず存在しているからです。また人を説得する理由が漢方薬と同じく、経験知のものが多いからです。

しかし、保険診療は薬価基準に保険収載された瞬間から、自由診療とは異なった「まっとうな」医療に格上げされます。これってちょっと変ではないですか? だって、保険収載される前から存在しているのに、突然に保険収載された途端に、異端児が英雄になるのですよ。

「保険診療が是」という展開は、勉強していない医師には好都合なのです。だって「お上のご意向」なのですから。そして本当の専門家は、保険診療になる前から、そのような薬剤の存在を知って、そして勉強している人です。

2018年に免疫チェックポイント阻害剤オプジーボの開発でノーベル生理学・医学賞に輝いた本庶佑先生は、「開発当初はだれもオプジーボに関心を示してくれなかった。臨床試験を行うにも、超進行例や多数の転移を伴う例で、西洋医学で行う治療がない患者さんだけが集まった」といった趣旨の発言をしています。

僕がオックスフォード大学博士課程に留学している当時の1993年から1998年は、免疫活性化のシグナルには抗原提示のほかに、もうひとつシグナルが必要であることが解ってきていました。その当時から、僕が留学したオックスフォードの移植免疫学の教室でも、本庶佑先生が発見に関わったPD-1/PD-L1経路や他のセカンドシグナルの実験が進んでいました。そんな地道な動物実験、そして臨床試験を経て、今オプジーボに保険適用が認められ、多くの患者さんが、その恩恵に預かっているのです。

サイエンティストとして、免疫学を真剣に勉強してきた僕にとって、「保険診療だけが是」という論調はある意味正しいですが、極めて安易でしっかりした勉強が不要な論調にも思えます。

僕は「環境で免疫力は異なる」と、医師として経験が浅い時から思っていました。そしてそんなクリニカルクエスチョンに答えるために、マウスに音楽を聴かせたり、匂いを嗅がせたり、運動をさせたりした状態、また孤独や集団での中での免疫力の違いを実験してきました。そして2013年に「オペラ椿姫が免疫力を高める。でもマウスの実験で!」といったテーマでイグノーベル医学賞を頂きました。

漢方薬に興味を持って25年になります。保険適用の基準を臨床試験を経たものとするのであれば、超法規的な措置もそろそろ終了で宜しいかと思っています。しかし、漢方薬が患者さんの役に立っていることはほぼ間違いないので、このまま超法規的な措置を継続する選択肢もOKです。正しく現状を把握して、正しく運用されることを望んでいます。

生薬フアイアは保険収載されていませんが、1,000例規模のランダム化された大規模臨床試験があります。そして生存率で非投与群に比較して有益な結果を出しました。そんな明らかな臨床試験があるものでも実は保険適用ではありません。

「保険適用が是、自由診療が悪」というステレオタイプの思考は、わかりやすく素人に語るにはある意味役に立ちますが、専門家と称している医師には安易に使って欲しくないと思っています。

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