手術で免疫力は落ちる?大きく切るほど良いという考えは消えました


がんの手術は免疫力を落とします。
だから今は、必要な分だけ取って、大きく切らない方向に変わりました。

僕が外科医になった約40年前、がん治療の王道は手術でした。がんがありそうな範囲は全部取る。それが正しいと、多くの外科医が信じていました。僕も信じていました。そして実際に、大きく切ってきた側の人間です。

その「正しさ」は、今では否定されています。何がどう変わったのかを書きます。

なぜ、昔は大きく切ったのですか?

当時のがん治療は、黒か白かの世界でした。

手術で綺麗に取り切れれば「やることは十分にやった。あとは運任せ」。取り切れなければ「負け」。放射線も抗がん剤も効くと思っている外科医は、ほとんどいませんでした。

がん細胞は血管に直接入るか、リンパ節を通って全身に広がると考えられていました。だから広がる前に、通り道ごと取ってしまえばいい。理屈としては通ります。

僕が行った拡大手術を挙げます。乳がんでは肋骨を一部切除して、胸骨の裏の内胸リンパ節を取りました。胃がんでは大動脈周囲のリンパ節も郭清しました。膵臓がんでは門脈を合併切除しました。腎臓がんでは下大静脈から右心房に延びる腫瘍塞栓を取り除きました。大腿の横紋筋肉腫では動脈を切除して人工血管に置き換えました。

がんを根こそぎ取り除くのが是だと思っていた時代のことです。誰かに強制されたのではありません。それが最良だと信じて、自分から手を挙げてやっていました。

大きく切れば長生きできたのですか?

できませんでした。比較試験がそれを示しています。

試験 比べたもの 結果
ミラノの試験
1964〜1968年に737例を割付、30年追跡
ハルステッド乳房切除に内胸リンパ節郭清を加える/加えない 全生存・疾患特異生存とも差なし
NSABP B-04
1971〜1974年に1,765例を登録、25年追跡
根治的乳房切除/単純乳房切除(±放射線) 無病生存・全生存とも有意差なし
JCOG9501
1995〜2001年に523例を登録、国内24施設
D2郭清/D2郭清+大動脈周囲リンパ節郭清 5年全生存 69.2%と70.3%、ハザード比1.03

いずれも、切る範囲を広げた側が勝てなかった試験です。気づいた方もいると思います。僕が誇らしくやっていた内胸リンパ節郭清も、大動脈周囲リンパ節郭清も、この表の中で否定された側に入っています。

20.9% → 28.1%

郭清の範囲を広げて増えたのは、手術に関連した合併症だけだった。
生存は69.2%と70.3%で動かなかった。

JCOG9501/Sasako M, et al. N Engl J Med. 2008

取る量を増やし、患者さんの体は余計に傷んで、生存は動かなかった。それが、あれだけの時間と技術を注いだことの答えでした。

昔の自分には診てもらいたくない、と僕が言うのはこういうことです。

なぜ40年前に、それを疑えた医師がいたのでしょう?

医師3年目、出張で働いた病院に雨宮先生という先輩がいました。この人だけが違いました。

がんは、できるだけ短時間で主病巣をサラッととればいい。リンパ節郭清は適当で!

言うだけではありません。手術は本当に速く、郭清はあまりしませんでした。そして、その負担の軽い手術を受けた患者さんの多くが、その後も長生きでした。

当時の僕には、この発言の真意がまったくわかりませんでした。むしろ、手を抜いているようにさえ見えていたと思います。わかったのは、免疫チェックポイント阻害薬が登場してからです。大きな手術で免疫力が下がるのを、この人は避けていたのだと。

残したはずのがんが、なぜ消えていたのでしょう?

雨宮先生と一緒に入った胃がんの手術のことを書きます。

開けてみると、腹膜播種がありました。お腹の中に、種をまいたようにがんが散っている状態です。胃の主病巣は切除しました。腹膜播種は、病理診断のために1個だけ切除して、そこで手術を終えました。播種は多数、骨盤に残ったままです。

当時の常識なら、取れるだけ取りにいく場面です。取りませんでした。

その患者さんはその後元気になり、数年後に虫垂炎になりました。虫垂を切除するときに、骨盤の中を見ました。腹膜播種は、なくなっていました。

がんの自然消滅です。こんなことが実際に起こるのです。

ここは、正確に書いておかなければなりません

がんの自然消滅は、報告として存在します。1900年から1964年までの176例が集められ、発生率はがん患者6万人から10万人に1人と推定されています(Cole WH. J Surg Oncol. 1981)。つまり、極めてまれです。狙って起こせるものではありません。

この一例は40年前の出来事で、当院の治療とは何の関係もありません。「治療しなければがんは消える」という話でもありません。6万人に1人です。僕が言いたいのは、体の側にがんを消す力が実在するということ、それだけです。

そして、この報告には興味深い記述があります。176例のうち71例、およそ4割が、何らかの手術侵襲を受けたあとに起きていました。報告者は、免疫の刺激が最も重要な因子だろうと結論しています。1981年の論文です。免疫チェックポイント阻害薬より、40年近く前の話です。

手術で免疫力は落ちるのですか?

落ちます。

手術という侵襲そのものが免疫を抑えることは、今では研究として整理されています。手術のあと、がん細胞を直接壊すNK細胞の働きが落ちる。そしてその時期に微小転移が育つのではないかと議論されています(Market M, et al. Int J Mol Sci. 2021)。

免疫チェックポイント阻害薬が証明したのは、がん治療に方法がふたつあるということでした。ひとつは、がんを可能な限り取り除くこと。もうひとつは、免疫力で退治することです。

40年前は、ひとつ目しか見えていませんでした。だから、ふたつ目を削ってでもひとつ目を最大化するのが正しいと信じられた。今から見れば、それは片方の目をつぶった最適化です。

ここは僕の解釈です

拡大手術が生存を延ばさなかった理由が免疫の低下である、と証明されたわけではありません。試験が示したのは「差がなかった」ところまでです。免疫の話は、僕の解釈です。解釈だと断ったうえで、僕はその解釈で診療しています。

今の標準治療は、これから変わらないのですか?

変わります。

40年前の拡大手術は、当時の標準治療でした。教科書に載っていて、まじめな外科医ほど熱心にやっていた医療です。それが今は行われていません。

ですから今日の標準治療も、「今ある最良」であって「最良」ではないのです。

誤解しないでください。僕は「リンパ節郭清をするな」と言っているのではありません。今のガイドラインが求める郭清には根拠があります。否定されたのは、必要とされる範囲を超えて広げることです。主治医の説明を聞いて、指示に従ってください。

僕が言いたいのは、根拠のほうが動くということです。動かないと思い込んでいる人が、いちばん危ない。

そして、40年前には誰も評価していなかったものが、ひとつあります。取ったあとに残る、体の側の力です。ここは今でも、十分に評価されているとは言えません。

標準治療は変わり続けます。変わったということは、その前が間違っていたということです。僕はその間違っていた側を、自分の手でやってきました。だから、今の正解も疑っています。

新見正則医院院長 新見正則

監修

新見正則(にいみ まさのり)

新見正則医院院長。1985年慶應義塾大学医学部卒業。1998年、英国オックスフォード大学にて移植免疫学の医学博士(Doctor of Philosophy)取得。2020年まで帝京大学医学部博士課程指導教授(外科学、移植免疫学、東洋医学)。2013年イグノーベル医学賞受賞(脳と免疫)。外科医、免疫学者、漢方医として臨床と研究の両方に携わる。

日本外科学会 外科専門医・指導医/日本消化器外科学会 消化器外科指導医/日本東洋医学会 漢方専門医/アメリカ外科学会フェロー(FACS)

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よくある質問

手術をすると免疫力は下がりますか?

下がります。手術という侵襲のあと、NK細胞の働きが落ちることが報告されています。どの程度、どのくらいの期間下がるかは、手術の大きさによります。

リンパ節郭清はしないほうがいいのですか?

そうは言えません。今のガイドラインが求める郭清には根拠があります。試験で否定されたのは、必要とされる範囲を超えて広げることです。主治医の説明を聞いてください。

がんが自然に消えることはあるのですか?

あります。ただし、がん患者6万人から10万人に1人と推定される、極めてまれな現象です。治療を受けない理由にはなりません。

腹腔鏡やロボット支援手術のほうが、体への負担は軽いのですか?

大きな創で行う手術と、小さな穴が複数残るだけの手術では、術後の回復が違います。早くリハビリができて早く日常に戻れることは、免疫力の低下を避ける観点で利点があると僕は考えています。

今の標準治療も、将来は変わるのですか?

変わります。40年で拡大手術は消えました。同じことがこれからも起こります。

参考文献

  1. Veronesi U, et al. The dissection of internal mammary nodes does not improve the survival of breast cancer patients. 30-year results of a randomised trial. Eur J Cancer. 1999;35(9):1320-1325.
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10658521/
  2. Fisher B, et al. Twenty-five-year follow-up of a randomized trial comparing radical mastectomy, total mastectomy, and total mastectomy followed by irradiation. N Engl J Med. 2002;347(8):567-575.
    https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa020128
  3. Sasako M, et al. D2 lymphadenectomy alone or with para-aortic nodal dissection for gastric cancer. N Engl J Med. 2008;359(5):453-462.
    https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa0707035
  4. Cole WH. Efforts to explain spontaneous regression of cancer. J Surg Oncol. 1981;17(3):201-209.
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/6166811/
  5. Market M, et al. Postoperative natural killer cell dysfunction: the prime suspect in the case of metastasis following curative cancer surgery. Int J Mol Sci. 2021;22(21):11378.
    https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8583911/


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