がんとホルモン療法

前立腺がんが去勢(睾丸切除)により縮小することをチャールズ・ハギンズが1941年に発見し、がんの切除以外にも治療方法がある可能性を示しました。がんの薬剤治療に繋がる業績です。彼はこの業績で1966年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。男性ホルモンが産生される睾丸の切除で前立腺がんが縮小したので、男性ホルモンに拮抗する薬剤(抗アンドロゲン薬)を開発すれば睾丸切除を行うのと同じような効果が現れると推測できたのです。

それ以前に、乳がんに対して卵巣を摘出してがんの勢いを抑える治療は1860年頃には行われていたようです。がんの切除だけを治療目標に外科学は進歩していきましたが、腫瘍の増殖を加速するホルモン産生臓器を摘出するという外科的内分泌療法も行われるようになりました。チャールズ・ハギンズがノーベル賞に輝いた1966年にはエストロゲンの受容体が発見され、その後抗エストロゲン剤の開発に繋がって行きます。

抗アンドロゲン薬を投与すれば睾丸切除と同様の効果が期待でき、また抗エストロゲン薬を投与すれば卵巣摘出と同様の効果が期待できたのです。ホルモン療法の副作用は前立腺がんでは睾丸切除の副作用とほぼ同様で男性機能が廃絶します。また乳がんではホルモン療法により閉経したと同じ状態になります。更年期障害に苦しめられることもあるのです。抗ホルモン剤による治療ですから、男性ホルモンを補充したり、女性ホルモンをリプレイス(HRT)する治療はがんの増殖に働きますので、ホルモンを補う治療は行うことができません。そんな時には漢方薬が役に立つ人もいます。

抗ホルモン剤の利点はいつでも止められることです。手術で睾丸を切除したり、卵巣を摘出すれば、「手術前の状態に戻りたい!」と切望されても、現実的には無理な相談です。睾丸移植や卵巣移植なども現在では可能ですが、がん治療のためにおこなった睾丸切除、卵巣摘出後に移植が選択されることはありません。その点、抗ホルモン剤は「迷えばまずやってみて、辛ければ中止」という選択枝があります。

抗ホルモン剤の御利益と欠点を主治医に十分に説明してもらって、それでも迷うときは、「まず試しにやってみよう!」でOKだと僕は患者さんに説明しています。

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