エビデンスは集団についての結果です。あなたに効くという保証ではありません。
外来でよく聞かれます。エビデンスのある治療を受けています、でも本当にこれが私の最良の治療なのでしょうか、と。しんどい、ごはんが食べられない、それでもエビデンスがある治療だからと続けている。そういう方に、僕はいつも同じことを考えます。
その治療は、集団にとって有効だったのかもしれません。でも、あなたにとって最良だったのでしょうか。
臨床試験というのは、1,000人を集めてくじ引きで2つの群に分け、成績を比べるものです。治療した群のほうがよければ有効とされる。それがエビデンスです。でもそれは、1,000人ぶんの平均(または中央値)の話です。あなたがその平均(または中央値)のどちら側にいるかは、飲んでみるまで誰にもわかりません。
もうひとつ知っておいてほしいことがあります。臨床試験に参加する患者さんは、体調が比較的よい人が選ばれます。途中で脱落する人を減らすためです。つまり試験の数字は、いちばん条件のよい人たちを集めて出した数字でもあるのです。
仮の数字で考えてみます。ある抗がん剤で、極めてよく効く人が100人中10人いたとします。効かない人が90人。効いた10人は平均で5年長く生きられる。副作用は食欲不振と倦怠感。この薬には有意差があり、承認されていて、保険も使えます。
では残りの90人はどうなるか。効かないまま、食事がとれない日々を過ごすことになります。それでもこれは「エビデンスのある治療」です。

僕は標準治療を否定しません。標準治療は、いま示せるものの中で、費用のことまで含めて最良とされる基準です。出発点として必ず知っておくべきものです。問題は、それを一律に当てはめてよいのか、というところにあります。
副作用も、数字だけでは足りません。試験に書かれているのは発生した事実であって、あなたに何が起きるかではないからです。しかも負担は体だけではありません。治療費が家計を直撃することがある。通院の回数、動けない日々、家族の介護の時間もある。これらはガイドラインの数字には出てきません。
ここまで書くと、では治療しないほうがいいのかと聞かれます。違います。
僕が言いたいのはひとつだけです。エビデンスは道具です。使い方を、あなたが知っておくべきだということです。
その治療は何を測った試験なのか。腫瘍が縮んだことなのか、長く生きたことなのか。効く人は何割なのか。副作用は生活のどこに響くのか。費用はいくらで、それを続けられるのか。そして自分は、どう生きたいのか。長く生きることが最優先の人もいれば、好きなものを食べて今を楽しむことを選ぶ人もいます。どちらも正解です。
がん治療には、残念ながら100%の答えがまだありません。どんな名医でも、どんな最新の治療でも、最後に必要なのは運です。100個の玉が入った箱から、最後に玉を取るのは患者さん自身です。医師にできるのは、当たり玉を少し増やす努力だけなのです。
だから僕は、当たり玉を増やせるものを足していきます。標準治療という土台の上に、負担の小さいものから順に。そのときの基準は変えません。エビデンスと安全性については、僕は妥協しません。要件から外してよいのは、なぜ効くのかが完全に解明されているかどうかだけだと考えています。
数字の意味と、副作用と費用を含めた見比べ方はがんの補完代替療法を3つの物差しで判断するに書きました。
僕たち医師は、あなたの人生の主役ではありません。情報を持って、自分で考えて、納得して選ぶ。それが本当の意味での最良の治療だと思っています。
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執筆者略歴 新見正則
新見正則医院院長。1985年慶應義塾大学医学部卒業。
98年移植免疫学にて英国オックスフォード大学医学博士取得(Doctor of Philosophy)。
外科医 × サイエンティスト × 漢方医としてレアな存在で活躍中。
2020年まで帝京大学医学部博士課程指導教授(外科学、移植免疫学、東洋医学)。
2013年イグノーベル医学賞受賞(脳と免疫)。
現在は、世界初の抗がんエビデンスを獲得した生薬フアイアの啓蒙普及のために自由診療のクリニックでがん、難病・難症の治療を行っている。
漢方JP主宰者。





